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Q3:星の王子さまの新訳本ブームの背景

:タイゾーさん、はじめまして。私は昨年4月に大学の仏文科を卒業して就職した24歳の乙女です。

 この前、職場の休み時間にフランス語の資料を読んでいたら、職場の先輩から、「フランス語を読むんだったら、星の王子さまの翻訳もしたのかなあ?」「それの昨年の新訳本ブームって、著作権法によって作られたものだからねえ」っておっしゃっていました。

 私は昨年、新潮社から出た「星の王子さま」の文庫本を買いましたが、確かに昨年はいろんな出版社から「星の王子さま」の本が出ましたね。そもそもフランス語の本の翻訳って、勝手にしてはいけないのですか?また先輩が言っていた、ブームが著作権法によって作られた、とはどういう意味なのか、教えてください。

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:新人さんに、薀蓄を垂れる先輩かあ。俺もそんな環境に身を置きたいものだな。

 質問に入るけど、外国語作品の翻訳については、著作権者の権利の一つである翻訳権(著作権法27条)が働く(こういう利用の形態に応じて働く権利を「支分権」という)。だから「星の王子さま」を創作したサン=テグジュペリまたはその相続人の許諾を得る必要がある。でも、著作権は有体物(自動車、野菜、パソコンなど)とは異なり、永久に続くものではない。ある一定の保護される期間を経過すれば消滅する。これを「保護期間」という。

 日本の著作権法では、著作者の死後50年経過したときに著作権が消滅すると規定されている(52条1項)。これはサン=テグジュペリのようなフランス人が書いたものについても適用されるんだ。日本国内ではね。

 これを「星の王子さま」について単純に当てはめる。サン=テグジュペリが死亡したのは、1945年9月10日(認定死亡時)。著作権法では、保護期間の起算点は死亡日の翌年の1月1日から計算するので(57条)、1995年12月31日まで著作権が働き、その翌日の1996年1月1日から自由に使えることになる。出版社にとっては、著作権者の許諾を得なくてもベストセラーの翻訳本を出せるので、一大ビジネス・チャンスだよね。

 でも新訳本ブームは、1996年には起こらなかった。それはなぜか?

 その原因は著作権保護期間の「戦時加算」だ。戦時加算とは、日本が第2次大戦後の連合国軍占領状態から主権回復するためのサンフランシスコ平和条約の締結に当たり、太平洋戦争中で著作権を行使できなかった期間を戦時中の外国の著作物の保護期間に加算するというものである。太平洋戦争前から存在する著作物については、戦争開始時から平和条約発効前日まで、戦時中に発生した著作物については、著作権発生時から平和条約発効前日までの期間が加算される(連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律第4条1・2項)。

 「星の王子さま」はどうかというと、創作されたのが1943年4月6日(初版発行時)と仮定した場合、フランスに対して平和条約が発効したのは1952年4月28日(昭和27年内閣告示第1号・外務省告示第10号(昭和27年4月28日官報号外第51号))なので、戦時加算期間は3310日となる。これを本来の保護期間終了時である1995年12月31日に足し算すると、最終的な保護期間終了時は、2005年1月22日ということになるんだ。よって、同月23日以降が翻訳が自由になる日になると一般的に解されている。かくて「新訳本ブーム」が起きたというわけだ。

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コメント

>根拠条文をしっかり見る必要がある
なるほど!「アリアドネ裁判」は第4条第1項を根拠条文とするから、ああいう書き方になるんですね。たいへんよくわかりました。
他にもいろいろ著作権について聞きたいことがありますが、また別の機会に質問します。
ありがとうございました。今後もよろしく。

再度のコメント、ありがとうな!

質問だけど、
>「アリアドネ裁判」というのがありまして、その判決文にはこのような一文があります。
>『戦時加算が認められるためには、昭和16年(1941年)12月7日の時点において、連合国又は連合国民が著作権者でなければならず…』
>これはどういうことでしょうか?

有名な事件だな。判決を正しく理解するには、理由付けと根拠条文をしっかり見る必要があるだろうな。

あんたが引用した判決はこれだよな?
東京地方裁判所平成15年2月28日判決(平成14年(ワ)第15432号)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/0EE437DEA5787F7A49256D39000E3057.pdf

理由付けや根拠条文を含めると、次のように書かれている。
「この戦時加算が認められるためには、昭和16年(1941年)12月7日の時点において、連合国又は連合国民が著作権者でなければならず、単に連合国又は連合国民が著作権の管理を委託されていたに過ぎない場合は含まれないものと解される。なぜならば、日本国との平和条約15条C項が『連合国及びその国民の著作物』を保護するものとしており、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条1項は、昭和16年12月7日の時点で連合国及び連合国民が『有していた』著作権について保護するものとしていることからすると、文言上、昭和16年12月7日の時点において、連合国又は連合国民が著作権者でなければならないことは明らかであるうえ、この戦時加算は、戦時中に日本国内で連合国又は連合国民が有していた著作権が実質的に保護されなかったことから定められたものであるところ、連合国又は連合国民以外の者が著作権者であった場合には、他に単に著作権の管理を委託されたに過ぎない者がいたとしても、戦時中に日本国内において著作権を行使することが可能であったのであるから、戦時加算を認める理由がないからである。」

ここでは「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条1項は、昭和16年12月7日の時点で連合国及び連合国民が『有していた』著作権について保護するものとしている」ことを判決の理由にしているので、「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条1項」がどんな条文なのかを確認する必要がある。

連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律
(昭和27年8月8日法律第302号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S27/S27HO302.html

 (著作権の存続期間に関する特例)
第四条  昭和十六年十二月七日に連合国及び連合国民が有していた著作権は、著作権法 に規定する当該著作権に相当する権利の存続期間に、昭和十六年十二月八日から日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生ずる日の前日までの期間(当該期間において連合国及び連合国民以外の者が当該著作権を有していた期間があるときは、その期間を除く。)に相当する期間を加算した期間継続する。

 この条文では「昭和十六年十二月七日に連合国及び連合国民が有していた著作権」の存続期間の特例について規定しているので、この日に著作権がある場合の規定であることが分かる。

 それではあんたが聞いてきた、戦時中に著作権を取得した場合はどうなのかというと、実はこの法律の第4条第2項で規定されている。

「昭和十六年十二月八日から日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生ずる日の前日までの期間において、連合国又は連合国民が取得した著作権…は、著作権法に規定する当該著作権に相当する権利の存続期間に、当該連合国又は連合国民がその著作権を取得した日から日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生ずる日の前日までの期間(当該期間において連合国及び連合国民以外の者が当該著作権を有していた期間があるときは、その期間を除く。)に相当する期間を加算した期間継続する。 」

この条文では俺様がQ&Aで書いたように、「戦時中に発生した著作物については、著作権発生時から平和条約発効前日までの期間が加算される」ことを規定している。

要は、「アリアドネ裁判」は戦争前に著作権が発生した話で、あんたが聞いてきたのは戦時中に著作権が発生した場合で、戦時加算の算定の根拠が違うので、戦時中の「国籍取得日から戦時加算の期間が開始」しても矛盾しないということになるな!

想定しているのは主に独襖→米のユダヤ人です。なるほど、私の理解であっているようですね。さっそくご回答ありがとうございました。
しかし、実は関連してもう一つ謎があるのです。お世話になりついでに質問してしまいます。
こちらのブログの末尾に書いた件なのですが、
http://oper.at.webry.info/201011/article_9.html
「アリアドネ裁判」というのがありまして、その判決文にはこのような一文があります。
『戦時加算が認められるためには、昭和16年(1941年)12月7日の時点において、連合国又は連合国民が著作権者でなければならず…』
これはどういうことでしょうか?
字面通りなら「(翌日の)12月8日に市民権を得てドイツ人からアメリカ人になった人は戦時加算の対象外」と読めます。すると『国籍取得日から戦時加算の期間が開始する』とは矛盾してしまいますね。
この判決文はどのように解釈すべきでしょうか?

コメント、ありがとな!
お役に立って、なによりだぜdelicious

質問だけど

>戦中の亡命者の戦時加算日数は、市民権取得日から講和日までの
日数を加算日数とするという理解は正しいと思われますか?

非連合国から連合国に亡命(ドイツ→英国など)して、連合国の国籍を取得した場合は、そういうことになるな。

なんでこうなるかってーと、世界各国の法律は、原則としてその国の領土内にしか効力がないからなんだ。つまり、いくら日本で著作権法を作って、著作権を保護すべきだ!と言っても、その保護を実行するための強制力(裁判所の差止め、警察の捜査など)は外国には及ばないため、中国などで日本のアニメの海賊版が作られても、日本の裁判所や警察が中国に乗り込んで、止めることはできない。そんなことをしたら、中国から「内政干渉だ!国家主権の侵害だ!」と言われるだろう。

しかしそんなことでは、国際的に流通する著作権を保護することは、ほぼ不可能になる。それは世界各国、同じことだ。そこで国同士で、著作権の国際条約(ベルヌ条約など)を締結し、その加盟国の国民の著作権について、それぞれの国の政府に保護するための措置を義務付けることになった。お互い様ってことだな。

そこで戦時加算の話に戻るとだな、交戦国間では外交ルートは途絶え、交戦相手の国では著作権の行使が完全に否定されたので、戦争中の期間を著作権保護期間にプラスしないといけない、という発想から来ているんだ。戦時加算の算定が12月31日に繰延べされないのはそういうことなんだ。

だから第2次世界大戦で言えば、非連合国→連合国に国籍が変更した場合は、その国籍取得日から戦時加算の期間が開始することになるだろう。
一方で、連合国→連合国(フランス→英国など)に国籍が変更した場合は、国籍変更前の国(フランスの交戦開始日(または戦中の創作日)~国籍変更日)と、変更後の国(英国への国籍変更日~サンフランシスコ平和条約発効日)ごとに計算することになるだろうな。

戦時加算について明快な解説ありがとうございます。
おかげさまで、当方の誤解を正すことができました。
(サンテグジュペリの終了日=1月22日は12月31日に繰り延べるものと思っていたのです)
おせわになりついでに質問なのですが、戦中に発表された著作物が発行日から講和日までを戦時加算日数とするのと同様に、戦中の亡命者の戦時加算日数は、市民権取得日から講和日までの日数を加算日数とするという理解は正しいと思われますか?
いつかQ&Aのネタにしていただければと期待しています。

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