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2007年10月

Q16:通信回線速度が遅い動画配信は著作者人格権の侵害なの?

:こんにちは。私は子どものときに某国営通信会社がスポンサーになっていた子ども向け科学TVアニメ『ミームいろいろ夢の旅』(日本アニメーション。1983年-1985年にTBS系列局で放映)で見た光ファイバー通信によるネットワーク社会に憧れて以来理系の学者を目指し、今は泣く子も黙るガリバー通信会社に勤務する通信技術者です。

 光ファイバーは設置コストが高いため、なかなか普及が進まず、日の目を見ることがありませんでした。しかしここに来てチャンスが来ました。総務省の情報通信審議会の第2次中間答申「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割」(平成17年7月29日) (国立国会図書館WARP所蔵)が平成23年の地上アナログ放送の停波までに地上デジタルテレビ放送の中継局の設置が間に合いそうにないのに焦りを感じて、デジタル放送を難視聴地域までつなぐ方法として、IPマルチキャスト技術による地上デジタル放送の再送信を使うべしとしたのです。我が社では、このIPマルチキャスト放送は光ファイバーによって行われています。

 ラッキー、これで『ミーム』の世界のようにやっと光ファイバー通信で日常生活を送る時代がやってきたと思いきや、思わぬ横槍が入りました。我らガリバー企業に楯突く成り上がりの通信企業が、光ファイバーよりもずっと回線速度が遅いADSLでIPマルチキャストによる放送を行うというのです。こいつらは数年前にも、我が社の光ファイバーの設置がもう少し進むまでISDNサービスでしのごうとしたところ、ISDNよりも多少速度が速いADSLを激安で売り込み始めたため、仕方なく当方も人気アイドルを宣伝に使ってADSLのサービスを大幅に促進させ無駄な設備投資をしたという苦渋の経験があります。

 光ファイバーのほうが性能がいいのにと思っていたのですが、よく考えてみると、通信回線の速度が遅いということは動画が正常に見えない、つまり著作物としての動画が歪められるということになります。これって、著作者人格権の一つである同一性保持権の侵害になりますよねえ?今度通信企業の会合があったときに、このことをやつらに話してとどめを刺そうと思うので、よろしくお願いします。

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:技術バ…、ではなくて理系の技術屋さんか。技術屋さんは著作権を誤解している傾向がある一方で、言っていることが一般人によく分からないことが多いから、質問の内容を解説しながら回答するよ。

 IPマルチキャストというのは、コンピュータ・ネットワークによる送信のうち「複数の宛先を指定して1回データを送信すれば、通信経路上のルータがそのデータを受信して、次の複数のルータに自動的にコンテンツを送信する仕組み」であり、これを利用して回線を圧迫することなく効率よくコンテンツを配信するものを「IPマルチキャスト放送」という。その特徴としては、普通のインターネット放送がサーバーからオープンネットワークを通じて、つまりいろんな回線を通じて受信者に配信される(つまりどこの馬の骨とも分からない奴にどんなwebページを見ているのか盗み見される可能性もある)のと異なり、閉鎖的ネットワークを用いてコンテンツの配信を行うため、より安定的に配信されるとされている(文化審議会著作権分科会(IPマルチキャスト放送及び罰則・取締り関係)報告書(平成18年8月) 2.IPマルチキャスト放送と有線放送の現状)。

 同報告書では、IPマルチキャスト事業の例として、BBTV光プラスTV(現 MOVIE SPLASH)4thMEDIAオンデマンドTVを挙げている。

 ネットの回線速度については、質問の技術屋さんが書いている通りに、ADSLが最大速度50Mbpsであるのに対して光ファイバーは100Mbpsと言われており、光ファイバーによる配信が圧倒的に速い。

 それでは、回線速度が遅いADSLによるIPマルチキャスト放送で動画配信を行った場合に、動画が重いことが原因で配信が元の動画の動きより遅くなり、スムーズに流れない場合には、著作権法上の同一性保持権(第20条)の侵害となるのだろうか?

 同条第1項では「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」と規定している。動画の動きが回線速度の関係で遅くなるときは著作物の「改変」に当たりそうではある。

 しかし、同一性保持権の立法趣旨は「当該著作物としての同一性を維持することにより、著作者の表現しようとしている思想・感情や当該著作物に対する(通常有すべき)心情、当該著作物を通じて受けるべき社会的評価などの著作者の人格的利益を保護するためのものである」(作花文雄『詳解 著作権法 第3版』(ぎょうせい、2004年)391頁)。元の著作物と少しでも見た目が異なれば、何でもかんでも「著作権(著作者人格権)侵害=○○へ通報!!」という発想は、法的なバランス、そして常識に照らしても慎むべきだろう(企業間の技術の競争ではそうではないのかもしれないが)。

 この点、著作権法20条2項では同一性保持権侵害に当たらない改変を規定しており、そのうちの一つとして「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」(4号)が規定されている。この規定が適用される例としては、①複製の技術的な手段によってやむを得ない場合(絵画印刷技術、音楽の録音技術など)、②演奏・歌唱技術の未熟等によってやむを得ない場合(練習不足、あがってしまった場合など)、③放送の技術的手段によってやむを得ない場合が挙げられる(加戸守行『著作権法逐条講義 五訂新版』(2006年、著作権情報センター)176頁)。

 IPマルチキャスト放送の動画配信における回線速度の問題もこの③に該当し、著作権法20条2項4号が適用されると考えてよいだろう。積極的に動画の表現の背景にある思想・感情に踏み込んであえて改変した場合はともかく、単なる技術上の問題による結果については同一性保持権の侵害とならない場合が多いだろう。これは、著作権法の保護の対象となる著作物が、特許法の保護の対象である発明(自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの)(特許法2条1項)と異なることの正に典型例である。

 つうことで、残念ながら、ADSLによるIPマルチキャスト放送を同一性保持権侵害を理由にやめさせることはできねーな。

Q15:バーチャルアイドルに自作の歌を歌わせたいのですが

:こんにちは。私は男子大学生で、将来はプロのシンガーソングライターか作詞・作曲家になりたいと思っています。

 普段、作品が完成すると自分で歌うこともありますが、女声のボーカルに合う作品については、女性ボーカリストとのつながりはあまりなく、またボーカルを使うお金もないので、悩んでいました。

 ところが最近、その悩みを解消することができました。「初音ミク」という楽曲データと歌詞を打ち込むだけで、楽曲の演奏だけではなく、ある女性声優の声のデータに基づき歌ってくれるソフトウェアです。このソフトのパッケージにはイメージキャラクターの若い女性の絵が書かれています。ちまたではそのキュートな絵柄と歌声から「バーチャルアイドル」と呼ばれています。

 この場合、著作権法上はどのような権利がはたらくのでしょうか?自作の楽曲・歌詞の著作権は私にありますが、ソフトウェアを利用した演奏・歌唱からは誰かの著作権は発生するのでしょうか?バーチャルアイドルの歌声を"You Tube"に適法にアップして発表したいと思っているので、宜しくお願いします。

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:"You Tube"で作品の発表か。ネットがなかった頃は、ターミナル駅前や公園で路上ライブするしか素人がプロモーションを仕掛ける手段はなかったが、今は気軽に公表できていいよな。

 バーチャル・アイドルについてだけど、そのソフトウェアがあんたの自作の楽曲・歌詞を歌唱しても特に権利は発生しないな。人間の歌手が歌っている場合には、実演家(法2条1項3,4号参照)としてその歌声を勝手に録音されたり(法91条1項)ネットにアップロードされない権利(法92条の2第1項)を有するが、ソフトウェアであるバーチャルアイドルは歌手ではないので、この著作隣接権(著作権そのものではないが、それに類似した権利)としての実演家の権利を有しない。チンパンジーが描いた絵が「思想又は感情を創作的に表現」されたものでないとして著作物(法2条1項1号)に該当せず著作権が発生しないのと同じことだな。

 声のデータを提供している女性声優についても特に著作権法上の権利を有しない。「創作的」なものでない単なるデータは著作物には該当しないからだ。

 またソフトウェア自体はプログラムの著作物(法10条1項9号)に該当することから著作権は発生するが、その著作物性は「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(法2条1項10号の2)であることに求められているので、その「結果」であるバーチャルアイドルの音声(歌唱)自体については、ソフトウェアの著作権者の著作権が及ぶわけではない。役割的にはCDプレーヤー機器とあまり変わりはないということだな。

 ただバーチャルアイドルのパッケージの絵柄には著作権が発生するので、その絵柄をYou Tubeにアップするときはその著作権者の許諾が必要であり注意がいる。

 つうことで基本的には自作の楽曲・歌詞をバーチャルアイドルに歌わせることは著作権法上の心配はあまりないだろう。

 このソフトウェアについては、某大物女性歌手が某テレビ番組で「理解できない」と発言して物議をかもしたようだが、バーチャルアイドルの音声データが充実すれば、カラオケの普及によって仕事がなくなったかつてのバンドマンのような悲哀を味わうかもしれないな。24時間はたらくし、文句も言わないし、スキャンダルも起こさないし、コストも低いから。

Q14:プロポーズでラブソングを歌ったのですが

:はじめまして。ぼくは地方の企業で働くサラリーマンです。週末になると「ピリ辛著作権相談室」を家で見るようになり、更新を楽しみにしています。

 さて、きのうの夜、一年間付き合っている彼女と地元の城址公園でデートしているときに、思い切ってプロポーズしました。ぼくの思いを最大限に伝えるために、平井堅の「思いがかさなるその前に・・・」を彼女のために歌いました。カラオケの十八番のためか、すっかり調子に乗ってしまい、彼女もうっとりしているように思いました。

 「ラララ探しに・・・」と歌ったそのとき、後ろから「JASRACに通報するぞ、ゴラァ!!」と言う怒声が聞こえました。周りに誰もいないと思っていたので彼女と二人で驚きました。

 声の主は、近くの飲み屋街から酔ってふらついていたおっさんで、ぼくたちにからみたいようでした。「オラ、オラ、著作権を知ってるのかあ。無断で使ってはいかんぞ!JASRACから許諾はもらったのか!おれが通っているカラオケスナックは、JASRAC許諾ステッカーを貼っているぞ。お前の背中に許諾ステッカーは貼っているのか!」と訳の分からないことを言ってきました。

 ぼくはこのブログで読んできたことを思い出して、「音楽を個人的にコピーしたり歌う場合は例外的に著作権が及ばないんですよ。そんなことも知らないんすかぁ?」とうろ覚えのまま反論しました。

 そしたらおっさんは、「ムックク…」とくやしそうな顔をして「最近の若もんはチャラチャラしやがってよ・・・」と意外にもすごすごと立ち去りました。

 これを見た彼女は「わあ、ユースケすごい!意外に法律知ってんだ。見直しちゃった★」「こんど、さっき言っていたことがどういうことだったのか教えてよ。プロポーズの返事はそれから考えるね~」ということでプロポーズの結果はお預けとなりました。

 次に彼女に会うときまでに勉強しておきたいので、特定の相手に歌を歌う場合の著作権の働き方について教えてください。なにせ、人生かかっているので・・・。

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:俺様のブログのおかげで破談にならなくてよかったな。数少ないこのブログの常連のあんたに免じて、彼女へ今後何を言えばいいのか教えてやるよ。

 平井堅の「思いがかさなるその前に・・・」が著作権法上、誰の権利になるのかを確認してみよう。音楽著作権情報のデータベース『Music Forest 音楽の森』で確認すると、次のようになる(2007年6月30日現在)。

作詞・作曲:平井堅 

出版社:エムシーキャビン音楽出版、ジェイ ウェィブ ミュージック 

信託状況:JASRAC(演奏、録音、出版、貸与等) 

*出版社とは「音楽出版社」のこと

 これで、あんたが歌った著作物(「思いがかさなるその前に・・・」)の著作権法上の演奏権(法22条)、複製権(法21条)、貸与権(26条の3)は、JASRAC(日本音楽著作権協会)が持つ(預かっている)ことが分かる。

 酔っ払いが言っていたJASRACに対する著作権侵害が成立するには、あんたがこの歌詞と楽曲を利用して彼女に対して歌ったことが演奏権侵害になるのかどうかが問題になる。なお著作権法上、「演奏」はピアノ等の楽器で弾くだけではなく、歌唱による利用も含む(法2条1項16号参照)。

 法第22条では、演奏権について「著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)・・・演奏する権利を専有する」と規定している。ここでポイントとなるのが「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的」とするときに権利が働くということだ。

 これはどういうことかというと、一人で部屋や風呂場で歌ったり、特定の家族や彼女のために歌う場合には演奏権という著作権の支分権(権利の束である著作権を構成する権利のそれぞれのもの)が働かないことを意味する。加戸守行『著作権法逐条講義 五訂新版』(著作権情報センター、2006年)183頁では、このような利用については「結局著作物の経済的利用として概念するには足りないような使い方でありますから、したがって著作権が本質的に及ぶべき性格のものではないという考え方を採っているわけでございます。」と説明している。

 したがって、あんたがおっさんに著作権が及ばないと反論したことは、結論としては正解だ。ましてや、おっさんが言っていたJASRACの許諾ステッカーはJASRACの演奏権が及ぶ「スナックなど飲食店でのカラオケ、楽器演奏」のために使用されるものであり、個人が歌唱するときに背中に貼る必要はない(笑)。

 だが注意して欲しいのは、あんたは少し混同しているようだが、この演奏権が及ばないということは、コピーすることについて私的複製に該当する場合に自由に利用できることとは意味が違うということだ。

 個人的に利用することを目的として行う自宅でのビデオデッキを利用したテレビ番組の録画やWebページのプリントアウトは通常、私的複製(法30条1項)の規定が適用されるが、これはさっきの演奏権とは違って、一旦権利が及ぶ利用と扱われた上で、例外的に権利制限されるということになる。なぜなら、コピーについては著作権の支分権のうち複製権(法21条)が及ぶが、これはさっきの演奏権とは違い「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」と規定され、「公に」あるいは「公衆に」という文言がないからである。つまりこれは、彼女一人のために歌を歌ったときは著作権は及ばないけど、自己利用のためにコピーをしたときは例え1枚だけでも著作権は原則として及ぶことを意味する

 なんでこんな面倒なことになっているのかというと、コピーによる利用はいわば「有形的利用」であり、楽曲の演奏や歌唱のような「無形的利用」とは異なって、「あと」が残り、たとえ当初は個人目的でコピーしても、業務など他の目的に転用することが可能だからだ。そのために法49条では複製物の目的外使用を禁止し、権利制限により適法とされた有形的利用の無断転用の防止に備えている。

 これは一見ささいな違いのようだが、この「あと」が残る問題は、ニュースでたまに話題になっているiPod等への著作権の課金問題や、デジタルテレビ放送で番組を1回しかコピーできない仕組みにするかという議論(コピーワンス問題)の背景になっている。「個人利用なのになぜ?権利者の横暴?」とふと思ったときは、この違いを思い出してほしい。

 つうことで個人利用の場合には、そもそも著作権が及ばない利用なのか(個人的な演奏、歌唱など)、一旦著作権が及んだ上で例外的に制限される利用(個人利用目的のコピーなど)なのかを区別できれば、彼女への回答はばっちりだな。

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