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2008年6月

Q28:公立図書館で特許手続に必要な文献のコピーを入手したいのですが

:タイゾーさん、はじめまして。私はとあるメーカーに勤務する研究員です。普段は商品開発にたずさわっております。

 商品開発の部署では、特許取得に向けて仕事をすることがときどきあります。そんなときは、特許権をゲットするために、会社がお世話になっている弁理士さんに出願書類を書いていただいて特許庁にオンライン経由で特許出願します。その後、特許庁の審査官が素直に特許査定をすれば特許権が登録され、見事に特許権をゲットできるという流れになります。

 先日もある商品に係る発明について特許出願をし、その審査の結果を今か今かと待っていたところ、審査官から出願書類のうち明細書(特許法第36条第3項)で引用された非特許文献(特許公報以外に掲載された文献すべて。論文、書籍、パンフレット、マニュアル、新聞など)を速やかに提出しろという通知が来ました。要は、お前の発明は特許権ゲットの要件となる新規性・進歩性(特許法第29条)などを満たすかどうかをあやしいから、もってこいということです。

 発明を見る眼がない審査官だなあと思いつつも、求められた資料は孫引きしたものでしかも購入がほぼ不可能な資料だったので、ネットで調べてその資料を所蔵する公立図書館にコピーをもらいに行くことになりました。

 図書館に着いたら早速、複写申込書を書いてカウンターでコピーをお願いしました。その資料は論文集に所収されたもののうちの一編だったのですが、審査官からの指示で全頁コピーする必要がありました。その旨記入したところ、窓口の司書さんから「図書館では著作権法上、一つの著作物の半分までしか複写できません」と言われてしまいました。

 「えっ、他の利用者と違って個人的な調査研究が目的なのではなくて、国の指示で必要なんですよ」と反論したのですが、「私たちも複写したいのですが、著作権法上の規制がありますので…」という理由でその日は全頁のうち半分のコピーしかできませんでした。

 せっかく足を運んだのに無駄足になってしまったのですが、本当に著作権法上、非特許文献を公立図書館で全部分を複写することはできないのでしょうか?また図書館でコピーできないのでしょうか?国の手続でやっていることなのにできないなんて納得行かないので、宜しくお願いします。

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:特許出願か。今回はQ2の町の発明家のじじぃと違って、出願だけでなく審査請求の段階まで進んでいて、さすがに企業ということだけあってまともなようだなあ。

 さて回答だけど、結論からいうと特許手続で提出する非特許文献を全ページ複写しても著作権侵害にはならないということで、あんたに対応した図書館員は著作権法について誤った説明をしたことになる。「半分しかコピーできません」という説明は、公立図書館等において調査研究を目的とする図書館利用者の求めに応じてコピーする場合(著作権法第31条第1号)のことを言っていると思われる(なお、「半分」というのは同号中の「一部分」を図書館の運用で判断しているものである)。

 「Q22:議員立法の資料をウェブにアップしたんだけど…」でも多少説明したが、特許庁が行う特許審査の手続で必要となる場合には、必要と認められる限度で複写を行うことができる著作権法第42条第2項第1号)。この規定は平成18年改正(平成18年法律第121号)により新たに設けられたもので平成19年7月1日から施行されている。あんたに対応した司書さんはこれを知らなかっただけかもしれないなあ。この規定があるおかげで、著作権法第31条が適用される公立図書館等だけでなく、同条が適用されない企業図書館などのいわゆる専門図書館(特定の限定された目的をもつ各種の組織体によって、その所属構成員を利用対象として、組織体の目的実現に必要な施設として設置される図書館」(日本図書館協会図書館ハンドブック編集委員会編『図書館ハンドブック 第6版』(日本図書館協会、2005年)6頁))でも必要な範囲内で複写できるということになる。

 もっとも、多摩市立図書館複写拒否事件(東京地裁平成7年4月28日判決、著作権法判例百選[第3版]No.78)でも著作権法第31条第1号について「一定の要件のもとに図書館において一定の範囲での著作物を複製することができるとしたものであり、図書館に対し、複製物提供業務を行うことを義務付けたり、蔵書の複製権を与えたものではない。・・・この規定をもって、図書館利用者に図書館の蔵書の複製権あるいは一部の複製をする権利を定めた規定と解することはできない。」と判示しているように、同号の複製の主体を公立図書館等と位置づけた上で、著作権侵害を問われないとしているに止まるものだ。図書館利用者は同規定によっていわば「たまたまラッキー」な思い(法律的には反射的効果)をしているだけであり、積極的に著作権法に基づいて権利を主張することはできない。したがって、図書館側が複写をすることについて「メンドクサー」「そんなことをする知恵も勇気も金もありません」ということであれば、利用者のコピーの要求を断ることはできる。

 では図書館側が特許手続のための非特許文献を利用者のために複写することについて乗り気である場合はどうか。一著作物の全部分を複写することは可能か?

 この点、著作権第42条第2項を厳格に解釈して「著作物の利用者自らが…著作物を複製することができることを規定しているだけであり…これを根拠に、図書館等が図書館資料である著作物全部を複製して図書館等利用者に交付することができると解するのは困難ではないでしょうか。という見解がある(早稲田祐美子「Q&A 図書館等の複写と42条(他の制限規定)との関係」コピライト566号(2008年6月号)57頁)。だがこれには、さすがの俺様でもちょっと待ったー、って思うぜ。

 公立図書館等での利用者の求めに応じた複写が著作権法第31条第1号に基づき一著作物の一部分の範囲内で行うべきという原則がうざったいと思って、図書館内でのセルフコピーを利用者を複写の主体と捉え私的複製(同法第30条第1項)だから著作物の全部分を複写できるという言い逃れはカラオケ法理によって封じられるという話は「Q20:図書館内で自由にセルフコピーをさせているのですが…」でしたよな。上記の論者もこの脱法行為を気にして、著作物の利用者が直接複写する場合に限定しているのかもしれねえな。

 だがなあ、図書館内で利用者が自らの調査研究目的で図書館資料をセルフコピーするのと、利用者が特許手続で提出するためにこの資料をコピーするのとでは意味がちがうのではないだろうか。

 つまり、前者は著作権法第31条第1号の複製の主体は図書館等であっても、調査研究を目的とする図書館利用者への提供が目的であるから、権利制限のメリットは利用者がゲットすることになる。一方で利用者が図書館資料を館内でセルフコピーすることについて利用者を主体として私的複製と法的に構成する場合も、利用者がコピーを使う目的で複写しており最終的にメリットをゲットするのは利用者だ(むしろこっちの方が、複製主体とメリットを受ける者が一致するから、理屈の上ではストレートでスッキリする)。こんな場合には、実質的に同じ目的であるにもかかわらず私的複製だから全部分複写OKとすれば、法31条で図書館資料の複製について要件を定め権利保護と利用のバランスをとったことを無意味にすることから、カラオケ法理を援用して、利用者のセルフコピーを実質的に支配する図書館を複製の主体と構成することは合理性があるといえる。

 一方で、特許手続のために行う非特許文献の複写は図書館利用者が著作物を利用する目的ではない。平成18年法改正の前に出された「文化審議会著作権分科会報告書」12頁(平成18年1月)でも述べているように「知的財産法の柱である特許法において,特許要件を満たしたものでなければ特許を与えないという非常に強い公益的な要請があり,的確・迅速な審査手続の確保の観点から非特許文献の複製について,権利制限を行うことが適当である」ことによる。図書館で非特許文献をゲットできないばかりに、新規性・進歩性がないことを確認できず、くだらない発明にまで特許を与えかねないということだな。なおこれに対しては、特許手続は出願人の私利私欲でやっているだけだから私的複製と変わりねーだろーという突込みが予想されるが、複製した著作物は直接的には特許審査のために用いられることから、あてはまらないだろう。

 したがって、法第42条第2項第1号に基づき特許手続を目的とした図書館資料の複製の主体は法第31条とは異なり図書館利用者であり、直接コピーする図書館側はここでは図書館利用者の手足を見るべきだろう。つまり法31条に基づくセルフコピーでは図書館側が主体で利用者がその手足でコピーしているのとは逆のパターンであるということになる。よって、特許手続に必要な範囲内であれば一著作物の全部分を複写しても著作権侵害を構成しないといえるだろう。それに、もし上記の論者の言うとおりであるとすれば、特許の出願人は非特許文献を購入しない限り複写できないということになり、そもそも論として法目的を達成することはほぼ不可能に近いだろう。これは特に著作権法第31条が適用されない企業図書館等で非特許文献を複写する場合と対比すればよりハッキリする。この複写は図書館や同施設の利用者の調査研究のために行うものではなく、特許審査という行政手続であり公益性の高い行為に利用されるものであり、複写場所である施設の性質は権利制限の要素ではないからだ。

 直接利用者が複写しなければ法第42条第2項は適用されないという論者の発想は、著作権の権利制限規定は著作権侵害訴訟における抗弁(言い訳)だという考え方が根強いことを裏付けるものだろう。特に侵害訴訟の当事者をお客とする弁護士さんにとってはな。権利制限規定を根拠に権利を主張することもできず、権利制限規定を根拠に身を守るしかない利用者はボクシングのサンドバック状態なのかも知れねえな。

 しかしカラオケ法理などによって著作権侵害の範囲を拡張する代わりに、著作権の権利制限規定の適用範囲を必要以上に縮小すれば、その副作用として「録画ネットやMYUTA等と関係すると思います…やり過ぎると権利制限規定に全く大穴があいてしまって空洞化してしまうことがあるのではないか」ということになってしまうだろう(奥邨弘司「第Ⅱ章 今日的主題 1 著作権の間接侵害」『法的環境動向に関する調査研究 著作権リフォーム -コンテンツの創造・保護・活用の好循環の実現に向けて- 報告書』(財団法人デジタルコンテンツ協会、平成20年3月)25-26頁)。権利制限の脱法行為は許されないが、利用目的に応じて、利用の主体の法的構成を柔軟に考えることは必要だろう。

 なお図書館現場においては、国立国会図書館が国立国会図書館資料利用規則第31条第2項第2号ハにおいて「行政庁の行う特許、意匠若しくは商標に関する審査、実用新案に関する技術的な評価又は国際出願(特許協力条約に基づく国際出願等に関する法律(昭和五十三年法律第三十号)第二条に規定する国際出願をいう。) に関する国際調査若しくは国際予備審査に関する手続」の場合には図書館資料を用いて複写を行うことができるとしている。

 つうことで、図書館現場でも徐々に新しい規定に基づき運用されていくのだろうが、著作権の権利制限規定の本質論はまだまだ開拓の余地がありそうだな。著作権法学会の2008年度研究大会のテーマはフェアユース・権利制限規定であったようだが、いくら法改正で新たに権利制限規定を熱い期待をこめて設けたとしても、権利制限自体の本質や効果をまともに議論しないまま置いた場合には、窓を全開にしたままバルサンを焚いたときと同じように、マヌケな結果となることだろう。

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