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Q44:iPad、Kindleに出版社の著作権料が課金されるって、聞いたんだけど…

:タイゾーさん、お久しぶりです。「Q14:プロポーズでラブソングを歌ったのですが」と「Q29:生演奏のピアノバーで歌ったのですが…」の質問でお世話になったサラリーマンです。あれからお蔭様で彼女と結婚し、今は妻になっています。新婚気分を楽しんでいる毎日です。

 実はもうすぐ、妻の誕生日が来るのですが、新しい物が好きなので、いま話題のiPadKindleを彼女にプレゼントしようと考えていました。
 さっそく彼女に提案すると、「いいわねえー。持ち運びが便利になるし、新作小説だけでなく、映像や音楽も楽しめるようになるから、とても楽しみ★」と喜んでくれました。
 「やった…」と左脳の片隅で喜んでいたところ、「でも、コンテンツの使用料はどうなるの?高くないの?」って聞かれて「紙の本よりずっと安いってことだから、全然心配ないよ」と答えたところ、「なんかねえー、そういう電子書籍に新しい著作権ができて、書いた作家だけでなくて、出版社にも使用料を払わないといけなくなるって、ネットで話題になっているんだよ」って、神妙に言ってました。
 続けて「私たちが結婚するときに言ったよね。早くお金を貯めて、マイホームの購入費と子どもの学資金を作ろうって。iPadを買って、お金がかかるようになったら、困るわあ。買わないほうがいいかなあ…」とブツブツ言い始めました。

 iPadにそんなボッタくりみたいな権利ができるなんて、初めて聞きました?ほんとなんですか?プレゼントを渡す日が迫っているので、ぜひ教えてください!

:iPadか。今はやりだよな。新作小説やら売れ筋本だったら、すぐに手に入るし音楽・映像などのメディアを一緒に楽しめていいだろうが、俺様みたいに、一般書店や公共図書館にないような本や雑誌しか読まないような人間には用がないんだろうがな。

 質問だけどなあ、奥さんが心配しているとおり、実は日本では出版界が電子書籍という外国からの黒船勢力の進出に慌てふためいて、電子書籍のための出版社の権利を創設しようと、もくろんでいるところなんだ。

 なぜそんな権利が必要なのか?確かに電子書籍のユーザーはコンテンツを購入するたびに使用料を支払うが、そのお金がどこに行くのかが問題になる。常識的に考えれば、作品を書いた著者と、電子書籍のプラットフォーマー(コンテンツ送信の基盤の管理をしている業者) だろうなあ。そうするとだなあ、出版社は電子書籍ではおまんま食い上げになって困るかもしれないということだ! 特に売れっ子作家がアップルやらアマゾンなんかの電子書籍プラットフォーマーと直接契約し、出版者が「中抜き」されることを恐れている。

 欧米の出版社も困ってんじゃないのかって?それが大丈夫なんだなあ。欧米で本・雑誌を出版する場合は、出版社は作家から本・雑誌記事の著作権を買い取る契約をするのが通常であるため、電子書籍になっても使用料のゲットで困ることがない。ところが日本の出版慣行では作家の手元に著作権を残すことになっているため、悲劇が起きるわけだ。

 また日本の出版流通は、取次会社に甘えてきたという特殊事情も関係するだろう。取次会社とは出版社と小売書店の中間にあって、書籍・雑誌などの出版物を出版社から仕入れ、小売書店に卸売りする販売会社のことで、本の問屋である。現在の体制は、第2次世界大戦中の紙不足と情報統制などを目的とした出版物配給統制機関を起源とし、現在に至っても影響が及んでいるとされている「社団法人日本出版取次協会 創立の経緯」参照。特に、書籍の定価販売を強制する「再販制度」や、書店で売れ残った本を取次会社を通して出版者への返還することを許す「委託制度」に弊害があるとの指摘が、出版社からもなされている三和書籍「未来はあるかのか出版流通 ヨムサンワ―営業部篇― 本の流通改善をめざして(委託制度・再販制度の問題点)」(2009年11月24日)参照)。図書・雑誌といった物流の時代には出版社・書店・読者にとってWIN-WINの関係にあったのだが、ネットワーク流通の電子書籍にとっては、こういう取次制度は無用の介となるわけだ!

 また出版社からすれば「形式上は作家が著者で著作権者だけど、ほんとは俺たちだって創作に貢献してるんだぜ」という思いが昔からある。どういうことかってーと、本を出版する場合は普通は出版社が作家と話し合って出版の企画を立て、作家に資料を届けたり、出版社の意向や方針、さらに売れ筋に沿うようにアドバイスをし、さらに営業活動をしたりと、社員(編集者)が作品の創作に多大な貢献をしている。下手すると、作家以上に著者として創作している可能性もある。出版物に名前は出ないが。

 そういう編集者の思いが爆発して訴訟になったのが「智恵子抄」事件(最高裁判所第三小法廷平成5年3月30日判例時報1461号3頁(平4(オ)797))だ。詩人・高村光太郎が妻・智恵子について書いた多数の詩の中からセレクトして集め、編集した詩集『智恵子抄』の編集著作権をゲットしたのは、光太郎(詩人)か出版社のどちらなのかが問題になった。結論としては、著作権をゲットする編集著作者は、現実に詩等の選択・配列を確定した光太郎であり、収録候補とする詩等の原案を光太郎に提示して詩集の編集を進言をした出版社ではないと判決を下した。

 でも出版社だって貢献しているのになあ、って思いは積み重なっていた。その現れとなった典型例が「版面権」構想だろう。言っとくが「版面教師」ではないぞ(爆)。版面権とは、出版物の複写利用者に対して報酬を請求できる出版者の権利のことで、著作隣接権的なものであるとも言われている。この権利の創設については、平成2年6月に著作権審議会第8小委員会(出版者の保護関係)報告書で提言されたところであるが、複写の増大によって出版者がどれくらい損しているのか、欧米みたいに作家から著作権をもらえばいいだろうというツッコミ、国際的・国内的な合意が得られていないことなどを理由に、未だに具体化する目途が立っていないと指摘されている(作花文雄『詳解 著作権法(第4版)』(ぎょうせい、2010年)475頁)

 しばらくはナリを潜めていたが、さっき言ったように、電子書籍という黒船襲来で、また出版者が騒ぎ始めている。電子書籍にこそ、出版社の著作隣接権(版面送信権)を作ってくれ!という要望だな。やれ文化庁は版面権を創設するという宿題を果たしていない、やれレコード会社(製作者)には著作隣接権があるのに、レコードと同じように著作物を記録している出版社に著作隣接権を認めないのはずるいぞ、とホザイているようだな。

【参考】
村瀬拓男「出版社の立場から見た、デジタル出版物の流通に関する問題点」(「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用に関する懇談会 出版物の利活用の在り方に関するワーキングチーム」第2回・資料利2-1)(平成22年5月17日)
平井彰司「出版の現在」(文化審議会著作権分科会基本問題小委員会平成22年第2回・資料1)(平成22年5月10日)

 だがなあ、俺様からすれば、版面権の創設を答申した文化審議会第8小委員会の報告書を今さら持ち出すのは「20年前の彼女からのラブレターを根拠に、交際を求めるストーカー男に等しい」としか言いようがないな(爆)。またレコード会社にだけ認めてずるいというホザキには「レコード条約と同じような出版条約締結の国際運動をしてから、またやって来い!」と言ってあげたいな!

 このように実情としては電子書籍について出版社の著作隣接権が認められる望みはほとんどないのだが、大手出版社は尻に火がついた状態で冷静にいらないことから、2010年3月に「日本電子書籍出版社協会」を立ち上げ、総務省・文部科学省・経済産業省合同の「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」で検討されていたところだ。しかし2010年6月に出された報告書では、「出版者に何らかの権利を付与することについては…更に検討する必要がある」とされる方向であり、まずは一安心というところだ( 「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会報告」18-19頁(デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会 平成22年6月28日)。しかし、今後も出版社側が著作隣接権を求めていくことは必至であり、議論の動向への注意が必要だろう。

ちゅーことで、奥さんにiPadやKindleを買ってあげても、当面は家計への心配をかける必要はないと思うぜ。

【参照】鳥澤孝之「電子書籍の著作権制度上の課題 ―出版社と図書館の視点から―」パテント64(7) (通号 735) [2011.5]57~64頁

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