文化・芸術

Q37:著作権譲渡のおいしい投資話が来ているのですが…

:タイゾーさん、こんばんは。おれは六本木ヒルズ族になることを夢見ている投資家です。そんでもって、儲け話には結構敏感なんすよねえ~♪

 そんなおれっちに、最近おいしい話が来たんすよ。これ、いつもタダで著作権情報を教えてくれるタイゾーさんにだけの秘密なんすけど、とある有名な音楽アーティストから、その人が作った楽曲の著作権をまるごと破格の値段で譲渡してくれるっていうんすよ。彼によれば「JASRACに登録している楽曲の著作権は全部ぼくの手元にあります」「ぼくは音楽出版者とはインディペンデントなんで完全な著作権者です」と言ってから、「いまは節税するためにぼくの関連会社に著作権を預かってもらっていますが、この通りちゃんと文化庁で同社へのパーフェクトな著作権譲渡の登録をしています。」と著作権登録原簿の謄本を差し出しました。確かに謄本には1番目の権利者はそのアーティストで、2番目が彼の関連会社となっています。お金を振り込んだら、おれへの著作権譲渡の登録を文化庁でしてくれるそうです。

 おれはすっかり信用したんで、銀行やサラ金から借りてでも、このまるごと著作権を買い付けようと思ってんだけど、著作権のことよく分かんないんで、何か重要な点や注意すべき点があったら教えてくれや。儲けが出たら、ちょっとは分けてやっからよ!

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:儲け話か。俺様は1日に1回、吉野家の牛丼を食えればそれでハッピーだから、とんと興味はねえな。つか、手形や株券みたいに、音楽著作権の流通を投資の対象にするって言うのは、日本では聞いたことがねえなあ。

 秘密の話か。信用してくれてありがとな。つっても、このブログに書いた時点で、日本全国のピリ辛マニアに周知の事実となっているのだが(爆)。なんでかってーと、この話はかなりうさんくさいからだ。俺様の疑問点としては主に2点ある。

 第1に、「JASRACに登録している楽曲の著作権は全部ぼくの手元にあります」というのはありえないということだ。「Q36:ユーザーフレンドリーな音楽著作権管理会社を作りたいのですが…」で言ったように、JASRACは作詞家・作曲家又は音楽出版者(著作権者)との間で著作権徴収について裁量がある信託契約の受託者をしているのであり、単なるパシリ君ではない。そして著作権は名義上JASRACに移転している(いわば預かっている状態)から、著作権者(委託者)といえども信託法上、勝手に著作権を他人に移転することはできない信託法第146条第1項では「委託者の地位は、受託者及び受益者の同意を得て、又は信託行為において定めた方法に従い、第三者に移転することができる。」と規定しているように、著作権者はJASRACの同意を得ない限り移転できないわけだ。この点、JASRACの著作権信託契約約款では次のように規定されている。

(著作権の譲渡)
第10条 委託者は、第3条第1項の規定にかかわらず、あらかじめ受託者の承諾を得て、次の各号に掲げるときは、その著作権の全部又は一部を譲渡することができる
(1) 委託者が、社歌、校歌等特別の依頼により著作する著作物の著作権を、当該依頼者に譲渡するとき。
(2) 委託者が、音楽出版者(受託者にその有する著作権の全部又は一部を信託しているものに限る。)に対し、著作物の利用の開発を図るための管理を行わせることを目的として著作権を譲渡するとき。

 したがってこの約款によれば、てめえのような単なる投資家にはJASRACは著作権譲渡を同意せず、有名アーティストから著作権を譲渡されても無効ということになる。

 第2の疑問点は、文化庁の著作権登録についてである。だいぶ前に「Q2:著作権登録して大儲けをしたいのですが」でも答えたが、著作権法では著作権を取得するための登録制度はない。何度もいうが、登録せずに著作権が発生する(無方式主義)のが著作権の特徴だからだ(著作権法第17条第2項参照)。この点で特許権、実用新案権などの産業財産権と大きく違う。

 著作権登録には主に5つの登録制度がある。実名の登録、第一発行(公表)年月日の登録、(プログラム著作物の)創作年月日の登録、著作権・著作隣接権の移転等の登録、出版権の設定等の登録である。これらはいずれも事実の推定や権利変動の表示を登録するものである。詳細は文化庁ウェブサイト「著作権の登録制度について」を参照することだな。なおたまに著作権登録は複雑であるため活用されず著作物流通に支障が生ずるという誤報があるが、『登録の手引き』を読めば小学生でも申請書を作成して提出できるレベルとなっている。逆にこれを読んでも分からなければ、小学生やり直し!確定だがな。また登録費用(登録免許税額)は1件当たり、①で9000円、②で3000円、④のうち著作権の移転の登録で18000円となっており(登録免許税法別表第一)、それほど高額というものではない。

 これらのうち③を除いた登録の一部については、「登録状況検索」を利用して、登録番号・登録年月日・著作物の題号・著作者の氏名を調査することができる。ためしに、今話題の「小室哲哉」を検索してみると、52件ヒットする(2008年11月6日現在)。同じ著作物の題号が1曲につき作詞した分と、作曲した分の2つある場合(著作物の題号が同じもの)を含むことから、(著作物の種類はこの検索結果では分からないが)おそらく同氏が作詞・作曲したものが34曲分あると考えられる。登録年月日は、平成17年10月27日・平成17年11月25日・平成17年11月29日・平成18年7月5日・平成20年5月15日と5回分ある。

 しかし、小室哲哉氏のような超メジャー級アーティストが文化庁の著作権登録をするのはごくまれだろう。なぜならば、楽曲の著作権の状況は、JASRACなどの著作権管理団体でデータベース管理され、著作者等が使用料を受け取る分には、文化庁に登録しなくても支障はないからだ。ネットでも、前に紹介したMusic Forestや、JASRACJ-WID(作品データベース検索サービス)[JASRACサイトトップページの右下にバナーあり]がある。

 今回はJ-WIDで、小室氏の曲のうちかつてJR東日本のCMで使われた"DEPARTURES"について検索してみよう。作品タイトルに「DEPARTURES」、権利者名に「小室哲哉」と入力する。すると1件ヒットしクリックすると、権利者情報として「小室哲哉:作詞・作曲」「エイベックス・グループ・ホールディングス 株式会社:出版者」「全信託 JASRAC」と記載され、演奏から通信カラオケまですべてJマークが入っている。これは、著作権が小室哲哉氏から音楽出版者のエイベックスに移転され、JASRACがエイベックスからすべての著作物利用について著作権信託を委託されていることを意味する。ここで注意の欄の「未確定」マークに注目する必要がある(2008年11月6日現在)このマークは次の意味を有する

現在は権利が未確定な状態です。
未確定は大きく分けて以下の場合があります。
1)利用者情報で権利者からの届出がない作品
2)権利者からの届出が作品の一部についてであり、その他の権利が未確定の作品
3)複数の権利者からの届出で、権利者によって主張が異なり権利が確定できない作品

 したがって、この楽曲を利用したり権利移転するときは要注意ということになるだろう。

 今回の儲け話で関係あるのは、④の著作権の移転の登録だな(著作権法第77条第1号)。この登録の効果は、著作権の変動を登録することによって、その事実を第三者に対抗することができるということだ。これはちょうど、不動産に関する物権の変動の対抗要件として、民法第177条が「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。」と規定しているのと同じことだ。

 このような権利の対抗関係は、著作権の二重譲渡がある場合に実力を発揮する。つまりだ、今回てめえが著作権の移転登録をめでたく受けた場合、登録を受けていないもうひとりの譲受人(音楽出版者)に対して著作権を主張できるということを意味する。民法の通説では、対抗できる「第三者」の意味としては、「登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する者」、具体的には、権利の二重譲渡があったことを単純に知っていた場合(悪意)も含むが、悪意を超えて相手方を害するなどの目的を有する背信的悪意者は自由競争の範囲を逸脱して保護に値しないとされている(大判明治45年6月1日など)。ちゅうことで、今回儲け話を持ってきた奴が著作権を二重譲渡していたとしても、著作権の移転の登録を先回りして済ませあんたが善意又は単純悪意者に該当すれば、もう一人の譲受人に勝てるということになる。

 もっとも、JASRAC等の管理楽曲について文化庁で著作権移転登録を済ませたからといって、二重譲渡の場合に著作権登録していない音楽出版者等に対して優位に立てるとは俺はあんまり思えない。なぜならば、さっきの小室哲哉の"DEPARTURES"のように二重譲渡などの権利の不確定要素があればJ-WIDなどのデータベースで「未確定」マークがつき、JASRACが利用者から徴収してきた使用料を、文化庁登録上の権利者(対抗関係の勝者)に素直に渡すとは考えられないからだ。権利が確定してから払いマースということになるだろう。そうなると、二重譲渡になるような曰くつきの著作権を買い取っても著作権料をゲットすることはできず、溝に金を捨てるに等しいと言える。せーぜい、裁判所に著作権登録の謄本を持参して差止仮処分の申立をし、JASRACから利用許諾を得たユーザーども(カラオケ店、レストラン、放送局など)の楽曲利用を一時的にストップさせられる可能性があるくらいだわな。

 なお、文化庁の著作権登録事務では、J-WIDで未確定マークがあろうが業界でやばい噂が流れていようが、原則として関係なく事務をすすめることになる。不動産登記と同じように、法律上書面審査だけで済ます形式的審査権しか与えられていないからだ。

 こんなこというと、「法律の不備だ!」「法改正だ!」あげくのはてにはユビキタスネット社会の制度問題検討会『ユビキタスネット社会の制度問題検討会報告書』(平成18年9月)のように、著作権の発生・延長・消滅を国の登録制度と結びつけようというデンパな主張が出てくることが容易に想像される。

 しかしそういう考えは、そもそも論として「方式主義」となり「無方式主義」を採用する国際著作権条約(ベルヌ条約、ローマ条約、WCT、WPPTなど)に反するおそれが高い。また国の著作権登録に実質的審査権を付与するためには、特許法のような権利審査制度・登録不服申立制度などを整え役所の組織や人員を拡充する必要があるが、それは現在の行政改革の流れに反するだろう。それにJ-WIDなどの民間業界の集中管理体制で十分な場合があるだろうしな。(吉田大輔「ネット時代の著作権56 『著作権に登録制』???」出版ニュース2006.10/中 20-21頁参照)。まあ、文化庁の著作権課が著作権庁に組織再編されたときに初代長官や審判長になるのもわるくはないかもしれねえがなw。

 ちゅーことで、今回の話に乗らないほうが、身の安全というものだぜぃ。

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Q36:ユーザーフレンドリーな音楽著作権管理会社を作りたいのですが…

:タイゾーさん、こんにちは。著作権の役立つ情報を掲載してくれてありがとです。ぼくはベンチャー企業を立ち上げて人生の一発逆転勝ち組を狙っている大学4年生です。

 ネットで音楽が無断で使用されてJASRAC(日本音楽著作権協会)がしゃしゃり出るときにいつも感じるのですが、著作権管理事業者っていつもユーザーに無愛想ですよねえ?「楽曲の無断使用は万引きと同じだぁ~」「人権侵害だあ!」とかって。でも、ユーザーってお客さんなんだから、店頭のスタッフの人みたいに「ありがとうございました(ペコリ)」とするのが筋だと思うんですよ。それを何でいつも偉そうに徴収するのかなあって、思うわけですよ!最近では有名なアーティストが今の著作権は厳しすぎてよくないって言っている人もいますしねえ。

 そこでぼくが今かんがえているのは、ユーザーに愛される音楽著作権管理会社です。かつての国鉄が民営化してJRに、図書館や美術館などの公共施設に指定管理事業者の民間会社を導入したことにより、窓口のサービスがよくなったというように、業界に革命を起こしたいと考えています。

 ただ僕は著作権については素人なので、設立方法や営業戦略などを教えてください。よろしくです!!

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:人生の一発逆転か。世の中、そんなに甘い話が転がっているんかなあ~

 結論から言うとなあ、おめえは大勘違い野郎というべきだな。音楽を含めた著作物の取引はコンビニや魚屋での買物とは違う。店先で多少愛想をよくしたから売上が伸びるというものではない。著作権法だけではなく、著作権等管理事業法信託法についても理解する必要がありそうだな。それは日本の著作権が厳しすぎるとほざくアーティストも同様だろう。てめえのおまんまがどうやって食えるようになっているのかをいかに理解していないかを証明しているからだ。

 著作権管理事業を理解するには、著作権等管理事業法を理解することが大前提となる。著作権等管理事業とは何かってーと「著作権又は著作隣接権(以下「著作権等」といいます)を集中的に管理し,利用者に利用の許諾を与え使用料を徴収し,権利者に分配する業務」をいう(文化庁ウェブサイト-文化庁-著作権等管理事業法について)。作曲家や作詞家が著作権を有する楽曲が無断で演奏、ネット送信などで無断利用された場合に、そいつら著作権者が自ら権利行使して「こらこら、お金払いなさい」とカラオケ屋やネットユーザーの家にまで徴収しに行くのはほぼ不可能であるため、JASRACのような専門的な著作権管理事業者がいろんなやつらの著作権を集中管理することにより効率的に著作権行使するというわけだ。このような著作権管理事業者は日本だけではなく、諸外国にSACEM(フランス)、GEMA(ドイツ)、ASCAPBMI(アメリカ)などがあり、日本だけにあるものではない。

 この著作権管理事業者になるには、文化庁への届出が必要だ。許可制でなく登録制であり形式審査があるだけだから、法律上の要件を満たす創設準備をした上で、日本語で文書を作成する能力と担当官庁の担当係員様と日本語で会話する能力があれば、とりあえず創設することはできるだろう。制度概要や手続などについては文化庁ウェブサイトの著作権等管理事業法のコーナーを見れば事足りる。

 次にお前が目指す著作権管理事業者が、どういう制度上のからくりで著作権を行使しているのかを説明してやるぜ。音楽の著作物で言えば、作曲家や作詞家は、JASRACのような著作権管理事業者との間で、ユーザーに対する利用許諾(利用条件となる使用料の額など)の仕事を任せる契約をする(著作権等管理事業法第2条第1項)。この契約の特徴は、著作権等の管理を委託された者(受託者)が、自らの意思により委託者の経済的利益を左右する権限を有することを内容とする契約に基づく事業を対象としていることだ(著作権法令研究会編『逐条解説 著作権等管理事業法』(有斐閣、2001年)46頁)。したがって、「おい、あのレストランから、俺の曲の演奏・1分当たり1万円徴収したれや」「へい、へい、ご主人さま~~」といったパシリ君は、この法律の対象とはならない。小林亜星級の著名音楽家であろうと、駅前のストリートミュージシャンであろうと、使用料金は、管理事業者が定めた使用料規程(同法第13条、例えばJASRACの使用料規程)に則って徴収するというわけだ。その代わり、確実に徴収するという信頼を委託する著作者どもから獲得しなければ、使用料額で不平が出てくることだろう。その意味で「JASRACの奇跡」と言えるかも知れねえな。「JASRACにお金を払える幸せ」というわけだ(岡本薫「著作権から学ぶ民主主義55 第3部『契約・ビジネス』の世界 コンテンツ流通を阻害する『1』の発想」時の法令1783号(2007年)55-56頁参照)。現に慶応義塾の安西塾長は「著作権上、JASRAC(音楽著作権協会)というのがありますけれども…音楽も音だけは許されております。ただ、映像が入るとできないということになっております。これは、結局JASRACという権利管理の団体がございますけれども、映像に関する権利管理の団体は整備されていないためにできない」と言って、JASRACに相当する映像著作権管理団体がないことを嘆いているほどだ(知的財産戦略本部・第13回知的財産戦略本部議事録(安西本部員発言)平成18年2月24日)。

 管理委託契約の方式としては次の2種類がある(同法第2条第1項第1・2号)。

信託契約:委託者が受託者に著作権又は著作隣接権を移転し、著作物等の利用の許諾その他の当該著作権等の管理を行わせることを目的とする契約

委任契約:委託者が受託者に著作物等の利用の許諾の取次ぎ又は代理をさせ、併せて当該取次ぎ又は代理に伴う著作権等の管理を行わせることを目的とする契約

 このうち信託契約は、信託法に基づく信託制度、すなわち財産を有する者(委託者)が自己または他人(受託者)の利益のために当該財産を管理者(受託者)に管理させる制度であり、①委託者から受託者に対して、対象財産をその名義も含めて完全に移転させてしまうこと(目的財産の完全移転性)、および、②移転された目的財産を、受益者のために管理・処分するという制約を受託者に課すこと(管理主体と受益主体の分離性と対象財産の目的拘束性)という2点にある(新井誠編『キーワードで読む信託法』(有斐閣、2007年)2頁)。したがって、信託による著作権等の管理の場合には、JASRACのような受託者自身が権利者であるので、当該権利を適切に保全するため、使用料を支払わない者に対する支払い請求や訴訟提起を自らの名で思う存分行うことができることになる(著作権法令研究会編・前掲47頁)。

 このような信託契約は、例えばJASRACでは委託者(作詞家・作曲家等)との間で「著作権信託契約約款」を締結しているが、著作権の信託の内容としては、次のように規定している。

 (著作権の信託)
第3条 
委託者は、その有するすべての著作権及び将来取得するすべての著作権を、本契約の期間中、信託財産として受託者に移転し、受託者は、委託者のためにその著作権を管理し、その管理によって得た著作物使用料等を受益者に分配する。この場合において、委託者が受託者に移転する著作権には、著作権法第28条に規定する権利を含むものとする。
本契約における受益者は委託者とする。ただし、委託者は、必要やむを得ないときに限り、受託者の同意を得て、著作物使用料等の分配につき第三者を受益者として指定し、又はこれを他の第三者に変更することができる。
3 委託者は、前項ただし書の規定により第三者を受益者に指定したときであっても、受託者の同意を得て、その指定を取り消すことができる。

 また訴訟については、上記約款第15条で「受託者は、信託著作権及びこれに属する著作物使用料等の管理に関し、告訴し、訴訟を提起することができる。」と規定されており、委託者の著作権の侵害について自己の所有物と同様に訴訟できる仕組みとなっている。

 他方で委任契約を締結した場合には、受託者が利用許諾に際し得た経済的効果が委託者に直ちに帰属するという法的性質を有し、利用許諾契約における受託者の裁量が委託者の経済的利益を直接に左右するという関係になる。ただし、信託契約とは異なり受託者自身が権利者になるわけではないため、回収困難な取立、差止請求、訴訟提起など、争訟性が相当程度認められる業務を行うことができないと解されているところである(著作権法令研究会編・前掲48頁、弁護士法第72条参照)。

 信託契約においては、受託者には委託者から著作権が移転される上に、その取扱いについて広範な裁量があるため、信託法により様々な義務が課されている。具体的には信託事務遂行義務(信託法第29条第1項)、善管注意義務(同法第29条第2項)、信託事務の処理の委託における第三者の選任及び監督に関する義務(同法第35条)、忠実義務(同法第30条~第32条)、公平義務(同法第33条)、分別管理義務(同法第34条)、帳簿作成・報告等義務(同法第36条~第38条)だ(新井誠『信託法〔第3版〕』(有斐閣、2008年)242-243頁)。したがって、何らかの権利の受託者が、信託財産の中から何十億円もの巨額な資金を無利息で貸し付けたり(善管注意義務違反の可能性)、多数存在する受益者の中の1人に対してだけ有利な条件の貸付けをしたり(公平義務違反の可能性)、信託財産の会計から受託者の固有財産の会計(一般会計)に振り替えたり、信託財産からの貸付けで建設されたビルに受託者が入居すること(忠実義務違反の可能性)は、ありえないわけだわなw(新井・前掲255-257頁)。

 ここまで書いてきて気づいたやつもいるかもしれんが、著作権管理事業者というのは信託法で忠実義務やら善管注意義務やらが課されているように、委託者に対して著作権者の身代わりとして、まるでそいつら自身のように著作権行使のためだけに行動することが要求されている。著作権者のために己の200%以上の能力を発揮して、寝食忘れてでも著作権料の徴収や著作権侵害に対する訴訟提起することなどが要求されるハードな仕事であると言える。逆に言えば著作権者だけに目を向ける必要はあるが、利用者に愛想よくすることは制度上予定されていないだろう。著作権管理事業者の間で自由競争を促しても、委託者である著作者に気に入られるように使用料の値上げ合戦をすることはあっても、利用者のためにダンピング合戦をすることはないと推測される。著作権管理事業制度をユーザー本位にせよってどうしても主張するのであれば、明日から国会の議員会館を回って、管理事業者が認可制であったかつての「著作権に関する仲介業務に関する法律」(仲介業務法)に戻せってロビー活動をしないといけないわなあ~。

 たとえばだ、魚屋であれば

「へい、らっしゃい。奥さん、きょうはあじが油がのっていて、買い時だよ~♪」「あら~、でも高いわねえ。」「鰯はお値段いい感じっすよ」「じゃあ、今日は鰯にしとくわー」「へい、まいど~」

ってことはありえるかもしれねえが、レストランでBGMを流すときに店主と著作権管理事業者との間で

「洋風のうちの店の雰囲気に合う、出来立てのJ-POPの新曲をバンドで演奏したいんだけど」「すいません、その曲、○○協会に著作権信託されていて、うちは演歌か浪曲しかないんすけど…。その代わり、うちは使用料は○○の半分以下ですよー」「じゃあ、演歌△△を1日5時間分で利用許諾契約頼むよー」

ということがありえないように、魚とか自動車のような有体物の買物とは違い、著作物と言うのは代替性がきかないわけだ。したがって、著作権管理事業者の立場はユーザーとの関係では、信託・委任契約に基づきひたすら使用料徴収やら裁判などでの権利行使のみであり、一般の取引でいう営業活動というのはあまり必要とはいえない。せいぜい著作権思想の普及が営業活動に変わるかもしれねえな。楽曲などの著作物をユーザーの好みで使ってしまった以上、それに対して著作権を行使するのは至極まっとうな行為だ。レストランなどのユーザーから使用料を支払って「もらう」ために、ぺこぺこする必要がない代わりに、いきなり差止仮処分の令状をつきつけることができるわけだ。

 おまえが期待する、ユーザーに愛想をよくする役割を担っているのは、強いていえば音楽出版者だろう。音楽出版者とは「著作権者として、出版、レコード原盤への録音その他の方法により音楽の著作物を利用し、かつ、その著作物の利用の開発を図ることを業とする者」(日本音楽著作権協会定款第7条(1)ロ)であり、「一般に著作者と音楽出版者の間では、著作者への使用料の支払・分配、第三者への著作権譲渡の条件としての著作者の同意、契約違反の際の契約解除(権利の返還)等を定めつつ、著作者は音楽出版者にすべての著作権を譲渡するという内容の契約が結ばれている」とされている(著作権審議会権利の集中管理小委員会『著作権審議会権利の集中管理小委員会報告書』(平成12年1月)・著作権情報センターウェブサイト)。

 たとえばだ、テレビのドラマとタイアップしたポップスをエンディングで毎週聴いたり、ラジオやCMでやたらと流れる曲を聴いているうちに、何だか耳になじんだり友達との共通の話題になったりしてCDを買いたくなったり、iPodに録音したくなることがあるよなあ?音楽の場合にはそういう「顧客の購買意欲を刺激する仕掛け」(プロモーション)(烏賀陽弘道『Jポップとは何か』(岩波書店、2005年)186頁〔岩波新書〕)でいかにユーザーどもをその気にさせてヒットをつくり、消費行動に向かわせるのかが勝負といえるだろう。だからさっきの魚や自動車と違い、楽曲については特定のものを買う(または消費する)気になってしまった以上、代替性はなく、その目的物に向かってまっしぐらになるわけだ。そんでもって楽曲を演奏、ネット送信などで無体的に使ってしまったら、JASRACその他の著作権管理事業者がいけすの魚を網ですくうように、オートマチックにお支払いを待っているだけ、という状況になるんだわなあ。

 ちゅうことで、制度上ユーザーフレンドリーな著作権管理事業者というのはありえないわけだ。楽曲の営業活動をしたかったら、音楽出版者を目指すほうがいいかもしんねえな。もしその気になったら、まずは音楽出版社協会のウェブサイトを見たほうがいいかもだな。

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Q35:タレントデビューしたらブログを閉鎖しなさいって言われたんだけど…

:おばんです(*゚▽゚)ノ。私は京都市生まれの京都育ちで女子大に通う大学生です!学校でホームページ作りの演習をしているときに著作権のことを調べていたら、このブログがあったので、それ以来たまに見させていただいています。

 実は最近、あるチャンスをつかみました。アイドルのデビューをすることになったんです~★。きっかけは、7月に友達と京都の「哲学の道」を歩いてて、暑かったんで沿道のカフェで大好きなアイスクリームを食べていたら、東京から来た芸能プロダクションの方からスカウトされたんです!

 それ以来、月に何回か東京に出てレッスンを受けているんやけど、この前ある注意を受けました。それはねぇ、前からプライベートでブログを書いていて、日々の日記や写真とかを掲載しているんやけど、事務所の人からね、著作権が問題になるから閉鎖しなさい、これからは事務所が指定するホームページで書きなさいって言われました。

 新しいホームページを作れるのは嬉しいんやけど、今までのブログでは地元の友達とか元彼とかとの思い出や、あと人気コーナーの京都を紹介するページ、お寺の画像とか、そういうのを全部残せずに閉鎖するのは、とても残念です(´・ω・`)ショボーン。

 デビューしたらブログが著作権で問題になるというのはどういうことなんですか?私が作ったのに法律違反になりはるの?ぜひぜひ教えてください!

 タイゾーはん、これからもお仕事おきばりやす(゚▽゚*)。

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:女子大生の学生さんからの質問か。「1:ラブ・メールをブログに載せたんだけど…」以来だな。このとき質問した奴はしょうもなかったが、あんたは著作権について勉強していて感心だぜ。

 質問だけど、あんたが自分のブログに書いた文章や撮影した画像などは、自ら考えて創作性あるものを作成したのであれば、著作権法上の著作権者としてあんたが著作権を有する。だから自分が著作権を有するものについて他人から違反であると言われることはない。

 では事務所のスタッフが「著作権が問題になるから閉鎖しなさい」って言ったのはどういうことなのか?

 事務所が特に気にしているのは、著作権法自体の問題ではなく、ブログに含まれるのあんたの画像の肖像権の問題だわなあ、おそらく。「Q11:愛娘の写真がネットにアップされたのですが」でも書いたように、肖像権とは「人の肖像を、その人に無断で写真撮影をしたり、絵画、彫刻等で複製すること、又は、この複製した写真等を無断で公表すること」により侵害される人格的利益をいい、京都府学連事件最高裁判決(最大判昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁)をきっかけに認められた判例上の権利である(大家重夫『肖像権 新版』(太田出版、2007年)16頁以下)。この肖像権に関し「著名な芸能人のうち、その肖像等が有する顧客吸引力を経済的な利益ないし価値として把握し、これを独占的に享受することができる法律上の地位を有する…著名な芸能人の上記のような法律上の地位は、パブリシティ権と称される」(東京高裁判決平成18年4月26日(判タ1214号91頁・判時1954号47頁)(ブブカスペシャル7事件))とする裁判例がある。このような芸能人の肖像に関する権利は、おニャン子クラブ事件(東京高裁平成3年9月26日第18民事部判決(判時1400号3頁・判タ772号246頁))をきっかけに認められたとされている。同判決では「芸能人の氏名・肖像がもつかかる顧客吸引力は、当該芸能人の獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる独立した経済的な利益ないし価値として把握することが可能であるから、これが当該芸能人に固有のものとして帰属することは当然のことというべきであり、当該芸能人は、かかる顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利を有するものと認めるのが相当である。」「右権利に基づきその侵害行為に対しては差止め及び侵害の防止を実効あらしめるために侵害物件の廃棄を求めることができる」と判示している。

 このパブリシティ権も肖像権と同様に法律上の根拠規定はない。だから「著作権が問題になる」というのは正確ではない。しかし民事上の権利として、芸能人が所属する事務所に無断で芸能人が写った生写真・ホームページ掲載の画像やグッズ等の販売の差止めや損害賠償請求などが行われている。

 パブリシティ権は芸能人の肖像を根拠にしていることから、本来はその芸能人が権利を持っている。そうするとデビュー前に掲載したブログについてとやかく言われる筋合いはないようにも思われるが、事務所によるパブリシティ権管理の必要性を主張されることがしばしばある。その根拠は、事務所の経営者による「時間と金銭をかけて、素質あるごく普通の人間を俳優やタレントとして育て上げていく」という考えのもとで進められる「所属の俳優やタレントの才能発揮の場及び芸能生命の維持に関する長期的なプロモーション戦略」であるとされている。一部の芸能プロダクションではそのような方針の下、所属の俳優・タレントの氏名・肖像の利用に関して全権委任を受けた上で、自ら権利処理の窓口となっているということである(増山周・君塚陽介「パブリシティ権の集中管理と実務について」『実演家のパブリシティ権ハンドブック』所収((社)日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター(CPRA)、2008年)40頁)

 したがって、あんたが芸能事務所と契約をするときに、パブリシティ権を全権委任した場合には、デビュー前に作成したブログの管理についても委任している状態になっていることが多いだろう。なぜなら、デビュー前のブログの画像なんかも、その芸能人が作成したものと評価され商品として市場に流通し、芸能人としてのあんたの顧客吸引力に影響する可能性があるからだ。

 なお、パブリシティ権を著作権とするのは正確でないとさっき言ったが、業界人は法律の権利として立法化を目指しているようだNPO肖像パブリシティ権擁護監視機構ウェブサイト。その方向性としては、①パブリシティ権法の新規立法②不正競争防止法の改正③著作権法の改正が指摘されているところだ(上野達弘「パブリシティ権をめぐる課題と展望」高林龍編『知的財産法制の再構築』(日本評論社、2008年)205-207頁)。あんたの事務所の人は、③に対する期待がフライングしたのかも知れねえな。

 一般人ならば通りすがりの人ですむところ、有名な芸能人になると風貌だけで商品価値が発生するからな。デビュー前の写真もお宝と言われたりな。そういう大人の事情も知った上で、レッスンをがんばってくれよな。

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Q33:図書館の海賊版所蔵資料を廃棄しろと言われたのですが…

:こんばんは。私はとある大学図書館に勤務する者です。このブログに時々登場する公立図書館とは違って利用者が限定されているため、言いがかり的なクレームは少ないですが、利用者のレベルが高いため、学術論文のデータベースの整備や、当大学の研究者の機関リポジトリ(institutional repository; 大学、研究機関が主として所属研究者の学術論文等の研究成果を収集、蓄積、提供するシステム。機関が主体となって、収録する文献の種類や範囲を決める。科学技術・学術審議会学術分科会研究環境基盤部会学術情報基盤作業部会『学術情報基盤の今後の在り方について(報告)』(2006年)72-73頁の構築などで忙しい日々です。

 当館でも小説は収集しているのですが、ある日のこと、本学に所属しない、ある高名な文学賞を受賞したことがあると名乗る初老の男性が怒った感じで利用者入口にやってきました。何でも当館が著作権を侵害している資料を所蔵しているので、その廃棄を求めに来たということです。

 さっそく事務室に御案内し、上司と2人で話を聞きました。男性曰く、

「私は、名門高校を学生運動で中退した後、大検で有名大学に入学し、作家としての道を歩むまでの自伝を綴った『俺って、何様?』を書いた。ところが最近、バラエティー芸人の野郎が、暴走族で捕まって高校を中退した後、大手芸能プロダクションのスクールに通って芸人になるまでの過程を著した自伝『ワテって、なんやろ?』を出版した。タイトル、筋書き、内容があまりにも似ており、また自分をおちょくった感じで書かれていて著作者としての人格権も侵害されているので、その芸人とプロダクションを相手に著作権侵害訴訟を起こした。それと並行して全国の図書館にどれだけ所蔵しているか、インターネットの所蔵検索システムで調査している。その結果、この大学の図書館にあることが分かった。ぜひその本を廃棄して欲しい。」

とのことでした。

 その男性の気持ちは分かりましたが、当館には図書館としての資料保存の責任があります。それにもし要求どおりに廃棄すれば、「船橋市西図書館図書廃棄事件最高裁判決」(最判平成17年7月14日民集第59巻6号1569頁)で示されたように、今度は廃棄をした(本当に著作権侵害をしたかどうかも分からない)資料の著者から人格的利益を侵害したという理由で訴えられかねません。正に「前門の虎、後門の狼」といった状況です。

 そこで上司からは「御事情は分かりましたが、当館では資料保存義務があり、また裁判所のように著作権を侵害しているかどうかを判断することができません。当館の内規で、裁判で著作権侵害が確定した場合か、当事者で話し合いがついてから廃棄を決定することになりますので、それらのいずれかが決まってから、再度お越しください。」と伝えました。

 すると男性は「そんなチャライ内規なんて関係ないねぇ。裁判の判決がなくても、著作権を侵害しているのは一目瞭然なんだよ。書いた人間が言っているんだから間違いない。あんたら、著作権侵害の書籍であることを知ってしまった以上、そのまま資料を持っていたら著作権侵害になるんだよ。言うこと聞かないと、今度はこの図書館を訴えてやるからな!」と半分脅し気味に大声を出しました。

 このまま書籍を利用者に提供した場合には、本当に著作権侵害の責任を問われるのでしょうか?まだ著作権侵害であるかどうかを確信できない状態なのに。ぜひ御教示ください。

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:オッス!また図書館ネタか。ニュース、学会や、(既に大失敗した新会社法や新信託法の制定に続けと言わんばかりに)著作権「規制」緩和(著作権を規制と考えている時点で、既にデンパだが…)の象徴として企業やお抱え弁護士が情熱をこめて論じているフェアユース議論において、図書館はほとんど話題に上らないが、著作権の本質に迫る上では意外と重要かも知れねえぞ~

 著作権侵害した資料による図書館サービスって、まさに「Q27:平成20年度新司法試験科目の著作権法の問題解説をしてください」で解説した平成20年の新司法試験の知的財産法の問題(第2問・設問3)を地で行っているよな。もっとも、「平成20年新司法試験論文式試験問題出題趣旨(11-12頁)の中では、これから論じる、みなし侵害(法第113条第1項第2号)の論点には触れていないがな。ただ法学セミナー編集部編『新司法試験の問題と解説2008』別冊法学セミナーno.198(2008年)の356頁に書かれている模範解答例(駒田泰土上智大准教授が解説)の中では、ちゃんとみなし侵害の論点が書かれているぜ!

 小説家のおっさんが言った「著作権侵害の書籍であることを知ってしまった以上、そのまま資料を持っていたら著作権侵害になるんだよ」という脅しは、いま言った著作権のみなし侵害規定が適用されるのではないのか、ということだろうな。法第113条第1項第2号では、著作者人格権、著作権等を侵害する行為によって作成された物を、情を知って、頒布し、若しくは頒布の目的をもって所持、輸出、輸出目的で所持した場合には当該著作者人格権、著作権等を侵害する行為とみなすと規定している。このうち特に問題となるのは「情を知って」とは何をどこまで知った場合をいうのかということである。

 この点著作権法立法担当者の加戸守行氏は、法113条1項1号の著作権侵害作成物の輸入行為については故意・過失の有無を問わずに著作権侵害とみなされるのに対して、同項2号の頒布行為については、「ひとたび権利侵害によって作成された物であればそれを取り扱う人が全部権利侵害とすることには問題がありますので、『情を知って』という要件を付加した」と説明している(加戸守行『著作権法逐条講義 五訂新版』(著作権情報センター、平成18年)654頁)。

 その上で、「情を知って」の内容については「権利を侵害する行為によって作成された物であるということを知りながら頒布し、又は頒布する目的で所持することでありまして、誰が、いつ、どこで、どのようにして作成したかということまでも知っている必要は」ないとだけ説明している(加戸・前掲654頁)。もしこのとおりだとすると、図書館側は、著作権者と名乗る者が著作権侵害を主張した場合には「情を知って」しまったことになり、著作権侵害を確信できないため廃棄を保留したい場合に訴訟等を提起された場合には、ぶっつけ本番で裁判所の判断(真に著作権侵害なのかどうか)にしたがって廃棄するかどうかを決せられることになるだろう。

 ただこれでは図書館側は、やっかみ程度の著作権侵害の主張に対しても正面から対応せざるを得なくなる状態になり、かつ廃棄資料の著者からの人格的利益の主張のリスクにも晒され、図書館運営を正常に行えない可能性が高くなるだろう。この点、中山信弘氏は、みなし侵害規定が刑事罰も課せられていることを勘案した上で、「単に侵害の争いがあるとか警告を受けたというだけでは情を知っているとまではいえないだろう」としている(中山信弘『著作権法』(有斐閣、2007年)509頁)。

 なおプログラムの著作権を侵害する行為によって作成された装置の頒布等について差止請求した裁判例(システムサイエンス事件(東京地判平成7年10月30日判時1560号24頁))においては、「『情を知』るとは、その物を作成した行為が著作権侵害である旨判断した判決が確定したことを知る必要があるものではなく、仮処分決定、未確定の第一審判決等、中間的判断であっても、公権的判断で、その物が著作権を侵害する行為によって作成されたものである旨の判断、あるいは、その物が著作権を侵害する行為によって作成された物であることに直結する判断が示されたことを知れば足りると解するのが相当である」と判断して、差止請求を認容している。

 この判決をもって、作成行為が著作権侵害であることについての判決確定、仮処分決定、中間的判断等の裁判所による公権的判断があったことを知らなければ、「情を知つて」には該当せず、みなし侵害規定は適用されないという見方が考えられる。しかし、上記判決は、著作権侵害の確定判決がなくても、別件高裁決定の告知を受けた時点において「情を知っ」たという要件を満たすことを述べたに過ぎず、著作権侵害に係る公権的判断がなければみなし侵害規定が適用されないと考えるのは早計だろう。

 思うに、加戸氏が述べているように、頒布行為について「情を知って」要件が付加されたのは、作成物の流通過程に係る人々を全部権利侵害とするのを防ぎ、そのうちみなし侵害と評価するに値する者についてだけ罰則を含むみなし侵害規定を適用することを目的とする。

 そうするとだなあ、頒布行為の流通に係る奴らというのは、いわば著作権侵害作成物の管理人的な地位にあると言えるだろう。そいで、取り扱っている最中に著作権侵害であることを認識した場合には著作物の利用を中止し、侵害作成物の流通を食い止めるべきである。一方で、管理人として著作権侵害状態を知ったにもかかわらず著作物利用を継続した場合には、みなし侵害規定が適用されると解するべきである。

 法第113条第1項第2号と同様の規定としては、国外頒布目的商業用レコードの輸入(いわゆる還流レコードの逆輸入)に関するみなし侵害規定(法第113条第5項)がある。この規定においても著作権等の侵害とみなされるためには「情を知つて」が要件となるが、その内容については「日本における販売を禁止されるレコードであるということを知っていたという意味でありますから、実質的には、これは日本における販売を禁止している旨の表示がその商業用レコード、音楽レコードにあった、あるもの、それを輸入する行為というものが該当する」との政府答弁がなされている(第159回国会・衆議院文部科学委員会議録第23号・平成16年5月28日・4頁・素川政府参考人答弁)。例えば、音楽CDで平井堅の「SENTIMENTALovers」には、ソニーからのライセンスを受けて台湾で生産されているものがあるが、ジャケットには「日本販売禁止(この作品は指定諾地域での限定発売を条件に権利者から許諾を受けています。従って日本での発売は禁止されています)」と記載されている。この記載があるCDを輸入する場合には「情を知つて」輸入したことになる、というものである。輸入する奴はこの記載を見れば国内販売禁止CDであることが分かるし、また通常の注意を払えばそのように認識できるということだな。実務上においても、権利者が関税定率法に基づいて、音楽レコードの還流防止措置を行使するために税関に申し立てる際には、「日本販売禁止」といった表示がなされていることを示す資料を提出しなければならないこととされている(『還流防止措置を行使するに当たっての実務上の留意事項等について(通知)』(平成16年12月6日付け16庁房第306号社団法人日本レコード協会会長あて文化庁次長通知)、加戸・前掲662-663頁)。そのような表示がなければ入者等が「情を知つて」を行っていることについて立証することは困難だしな。

 同じことが、著作権侵害作成物の頒布等行為についても言えるだろう。著作権侵害の確定判決、仮処分命令等の公権的判断をはじめ、当事者間の侵害の有無の合意、その他違法作成物の管理人として著作権侵害により作成されたとの善管注意義務を果たさずに通常であれば侵害物と認識できる状況にある場合には「情を知つて」いたということになるだろう

 「情を知つて」という文言を素直に読めば、事実の認識の有無だけが問われそうだが、前述した中山氏の説明にあるように、著作権侵害に係る単純な事実(著作権侵害のでっち上げ、言いがかりなど)の認識を「情を知つて」から排除するには、利用者に注意義務を課して判断せざるを得ないだろう。

 なお本件でクレームを訴えているおっさんは自分の小説と内容が似ていると主張しているが、完全なデッドコピーではないことから、複製権侵害ではなく翻案権侵害(法第27条)の問題となるだろう。すなわち複製とは「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」(法第2条第1項第15号)をいうが、既存の著作物に新たな創作性が付加されても元の著作物の内面に具体的に存する思想・感情の具現物が利用されている限りにおいては、原著作物の権利者の翻案権が及ぶことになる。そのような翻案行為の認定は、「基本的な構成やストーリー、プロットの類似性の認定、及び原著作物へのアクセスの可能性、並びに著作物の享受者が被告著作物から原告著作物の存在を感得し得るか否かという観点から判断される。」という説明がある(作花文雄『詳解 著作権法(第3版)』(ぎょうせい、2004年)214頁)。この認定に関連する裁判例としては、名古屋地裁平成6年7月29日判決判時1540号94頁(「NHK大河ドラマ・春の波濤」事件)〔内面的表現形式の維持の観点〕、東京高裁平成8年4月16日判決判時1571号98頁(「テレビドラマ・悪妻物語/妻たちはガラスの靴を脱ぐ」事件)〔基本的内容の同一性の観点〕、最高裁平成13年6月28日判決判時1754号144頁・判タ1066号220頁(「江差追分」事件)〔原著作物の本質的特徴の感得性の観点〕などがある。このような翻案権侵害により作成された違法著作物であることについて「情を知つて」という要件を満たすには、単なる複製権侵害(デッドコピー)の場合よりもハードルが高くなると考えるべきであろう。

 以上から本件においては、図書館として本件書籍が著作権侵害作成物であること(無断で翻案したことを加味した上で)の判断について善管注意義務を払っていれば(小説家の言い分が単なるやっかみのレベルである場合など)みなし侵害規定は適用されず、小説家の主張が著作権侵害作成物であることを十分に根拠付けるものであるにもかかわらず、利用してしまった(利用者に対する書籍のコピー提供、館外貸出し)場合には、著作権侵害作成物であることについて「情を知つ」たことになり、翻案権侵害(法第27条)とみなされることになるだろう。

 補足すると、仮に所蔵資料が海賊版でみなし侵害規定が適用されるケースでも、資料の館内閲覧については著作権は及ばない。したがって、資料が海賊版かはっきりしないときに図書館が無難にやり過ごしたいと考える場合には、ほとぼりが冷めるまでコピー・館外貸出利用だけを停止することも考えられるだろう。

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Q32:公立図書館から映画DVDを借りたいのですが…

:こんにちは。私は週末に近所の公立図書館を利用するOLです。はやりのベストセラーや文庫本を図書館でチェックして、気に入ったものを借りたら、通勤電車の中で読破するのが日課となっています。音楽CDも借りちゃうことがあります。

 図書館では最近は本だけでなくDVDも充実してきて、個人ブースでDVD映画を鑑賞することが多くなりました。ハリウッドものだけでなく、私が好きなイギリス・フランス・フィンランドなどのヨーロッパ映画も多くて満足しています。しばらくは週末にそのような感じでDVDを利用したのですが、そのうち自宅でじっくり観たくなってきました。それにたまに遊びに来る彼と一緒に、まったり鑑賞できますしね。

 そこで図書館のカウンターの方に貸出の申込をしました。そうしたら司書の方から「申し訳ございません。そのDVDは著作権の関係からお貸出しできません」って言われてしまいました。邦画やアメリカの映画では借りられるものが多いのに、私が選んだものが借りられないのは残念でした。

 でも、本は借りられるのに、なんでDVDは借りられるものがあったりなかったりするのですか?司書さんがおっしゃっていた著作権の関係ってどういうことなのでしょうか?教えてください!

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:またまた公立図書館か。最近は行っていないが、退職した団塊の世代のたまり場になっていると思ってたぜ。今までの図書館関係の質問はコピーの問題が多かったが、今回は資料の貸出しの問題だな。

 資料の貸出しについても、もちろん著作権が及ぶ。どういう権利が及ぶかっていうと、図書・雑誌や音楽CDについては、貸し出すことについての貸与権(法第26条の3)が及ぶ。これに対して映画DVDのような動画が含まれる著作物については頒布権(法26条)という貸出しだけでなく、資料をどこに流通させるかまでコントロールできてしまうと権利が著作権者に与えられる。なんでこんな強力な権利が認められたのかというと、映画業界の配給制度(新作映画フィルムの貸出し・譲渡を封切館→2番上映館→3番上映館→…名画座というように上映館のグレードによって転々流通をコントロールする商慣習)を前提に現行著作権法を制定したからであると言われている。図書・雑誌・音楽CDと映画DVDを借りられるかどうかの違いの基本はこの点にある。

 では公立図書館で利用する場合はどうなるのか?この点は次のようなものとなる。

 まず図書・雑誌・音楽CDについては、①公表されたもので、②営利を目的としない貸出しで③貸与を受ける者から料金を受けない場合には、公立図書館は著作権者の許諾がなくても、不特定多数の市民の者ども(公衆)に貸し出すことができる(法38条4項)。役所を含めた非営利団体がレンタル料を取らなければ、たいがいの貸出しはスルーってことだわな。

 では映画DVDについてはどうか。①公表されたもので、②貸与を受ける者から料金を受けないだけでなく、③政令で定める視聴覚教育施設その他の施設が行うもので、かつ④著作権者に相当な額の補償金を支払わなければならないと規定されている(法38条5項)。③でいう政令で定める視聴覚教育施設とは、(1)国又は地方公共団体が設置する視聴覚教育施設(2)図書館法第2条第1項の図書館(公立図書館など)、(3)その他文化庁長官が指定するもの(現在はなし)と規定されている(著作権法施行令第2条の3第1項)。

 ここで注意が必要なのは、映画DVDの貸出しについては相当な額の補償金の支払いが必要だが、裏を返せば補償金さえ支払えば、図書館側は著作権者の許諾がなくても利用できることを法律上では意味する。しかし現実にはそうはなっていない

 どういうことかって言うと、さっきの著作権法38条5項の補償金規定は昭和59年の著作権法改正で規定されたものであるが、補償金を支払って利用するためには、当然補償金をいくらにするのかを決めなければならないわけだ。それは誰が決めるのか?もちろん担当省庁ではない。当事者が話し合いをして決めるわけだ。

 この点、当初の交渉状況については、「文化庁の指導をうけて〔筆者:この辺りからしてお上依存主義が見え隠れするなw〕、[筆者注:昭和]59年9月、権利者団体(映像文化製作者連盟、以下「映文連」と略す、日本ビデオ協会、以下「ビデオ協会」と略す、日本映画製作者連盟)、以下「映連」と略す」、利用団体(全国視聴覚教育連盟、以下「全視連」と略す、日本視聴覚教育協会、日本図書館協会)等が第1回懇談会を開催、以後利用団体側は全視連を窓口として権利者団体と交渉を継続してきた。…時間がかかったのは、「ビデオソフトの館内利用は貸与に相当するか否か」双方の見解の対立によるものであったといわれている。」(JLA著作権問題委員会「著作権法ビデオ問題をめぐる最近の動向」図書館雑誌80巻7号(1986年)412頁)と書かれているように、当初から難航していたようだ。

 そんでもって、図書館界の代表団体(なのかどうかは怪しいところもあるが)である日本図書館協会は、現在次の方針で貸出用映画ソフト(DVD、ビデオなど)を供給する運用を行っている(日本図書館協会著作権委員会編『図書館サービスと著作権 改訂第3版』(日本図書館協会、2007年)122-124頁)。

Ⅰ:日本図書館協会ルート(NHK、ワーナー・ブラザース、ソニー・ピクチャーズ、ポニーキャニオン、朝日新聞社、バンダイビジュアル等)〔昭和63年10月より開始〕
権利者側との協議整わず、合意を得られなかったことから、(社)日本図書館協会(映像事業部)が映画の著作物の著作権者と直接交渉し、個人視聴のための貸与に関し、許諾によって著作権処理をする(『AVライブライリー 著作権処理済みタイトル一覧表』)。
★施行令2条の3の施設のほか、大学図書館・専門図書館・学校図書館等(法38条5項が適用されない施設)も含め、一括許諾
★同協会を通じて購入すると、「個人視聴用貸与承認」と表示されたシールが送付され、ビデオソフトに貼付し、貸出用に利用提供

*参照:日本図書館協会映像事業部「著作権処理済映像資料の提供について」

Ⅱ:日本映像ソフト協会ルート(松竹、大映、東宝、日活、東映)〔平成5年よりカタログ送付〕
(社)日本映像ソフト協会が、公共図書館向けに、「補償金処理済みビデオソフト」のカタログを発行
★各図書館が直接販売会社に発注
①補償金額が、各映画会社・ビデオソフトごとにまちまち(図書館側と権利者側の補償金額の合意が整っていないため)
②法38条1項による上映等を禁止または要許諾

*参照:(社)日本映像ソフト協会ビデオコピライトQ&A「Q 11. 公立の図書館で司書をしていますが、ビデオソフトの貸し出しを考えています。著作権処理をきちんとしたいのですが、その手続きを教えて下さい。」

 ここであれ?って思うのが、「著作権処理済ソフト」とかって称しながら、「貸与承認シール」とか「館内上映制限」とかと言って、著作権者にお伺いを立てないといけない体制になっていることだ。さっき説明したように、法38条5項による補償金は、金さえ払えば著作権者の許諾は必要ないが、現実の運用ではこの法律の規定は崩壊し、許諾ベースで処理、つまり法38条5項という著作権制限規定がないのと同じ状態になっているということだ。こういう問題を著作権契約のオーバーライド問題という。

 こんなこと言うと「著作権の制限規定って法律で決められているんだから、ちゃんと守らない著作権契約は無効になるんじゃないの?」って思うかもしれないが、そんなことを言っていたらほとんどの著作権契約は無効になっちまうぜ。

 例えば、東大名誉教授の中山信弘氏が「契約で著作権法に書いてある事と違うことを締結できるわけです。契約でやってしまえ何でもできるのか。換言すれば、著作権法の中の条文は強行法規かどうかという事を、議論しなければいけないのではないのか。…これからは契約でどこまで著作権法が決めているルール、あるいは価値というものをオーバールールできるかという、そちらの議論が大事なのではないかと思います。」と発言されたところ、現行著作権法の草案を作成した加戸守行氏は「本来、著作権者の権利があって、そこを制限しているんだから、制限されたものについて利用者側が、その規定を援用することは可能ですけど、別に援用しなくて、制限事項に該当する事項であっても、あるいは疑わしいと思えば著作権者の了解を取ってお金を払ったっていい事なのです。著作権は本来、そんなものだろうと私は思います。」と述べている(加戸守行ほか「座談会 著作権法制100年と今後の課題」ジュリスト1160号(1999年)26-27頁)。

 残念ながら、著作権業界の伝統的な考え方は加戸氏の言っていることに近いと言わざるを得ない。このことを考えると、企業やユーザーのやつらが「著作権法改正して、著作権者の利用許諾を不要にして、補償金処理だけで使えるようにすべきだ」という主張がいかに無意味であるかが分かるだろう。いくら著作権法改正をして利用許諾を不要にする著作権制限規定を置いても、コンテンツをゲットするときに著作権者からいろんな条件を付けられてそれに屈したら何の意味もないからな。「はいはい、ボクちゃん、キラーコンテンツをゲットするためなら、逆立ちだって何だって言うこと聞きます!著作権制限規定なんか何にも主張しません。」って具合にな(爆)。今話題のフェアユース規定を置いたって同じことだぜ。

 ちなみに慶応義塾大の小泉直樹教授は著作権の権利制限規定について「教育目的の複製利用とか、点字、図書保存、これらについては、契約によってひっくり返すということは、少なくともなるべくあってはいけないんじゃないか。そもそも、そういう契約というのが、現に世の中にあるのかは存じませんが。」(小泉直樹「"契約で決めておけばよい”か?」著作権研究32号(2005年)54頁)と述べているが、図書館職員や図書館利用者は「はーい、はーい、ここにありますよ~。映画ソフトの貸出し問題がありますよ★」って主張してもいいくらいのことだと思うぜ!

 著作権法の学者先生方には、フェアユースの理論を議論する前に、日本図書館協会の常世田理事の「わたしたち図書館が補償金を払うための受け皿を、権利者側がつくらなきゃいけないのです。ところが実は権利者側がそれをつくっていないんです。・・・個々の契約で個別の商品についてさまざまな許諾を権利者側は図書館に対して与えているという状態です。せっかく著作権法があるのに、それが活かされてないんですね。仕方がないので、日本図書館協会ルートという、いちいち権利者と許諾契約を結んで、これとこれは図書館に置いて個人貸し出ししていいですよという仕組みをつくったということなんです。」(JLA第16回視聴覚資料研究会・平成19年10月31日 事例発表座談会 「合併に伴う視聴覚業務への影響」その③ 質疑応答 15頁)という現場の悲痛な声に耳を傾けてほしいぜ!

 ちゅーことで、残念ながら図書館業界の弱腰(というか、現場の図書館職員で今の貸出システムが著作権法ではなく契約で決まっていることを認識しているやつがどのくらいいるか知らんが)によって、図書館利用者が映画ソフトの種類によって借りられたり借りられないという事態は当分の間続きそうだわな。

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Q23:激安DVDの映画をネットにアップしようと思うのですが

:こんばんは。ぼくは映画大好きな大学生です。大学サークルでシネマクラブに入っているのはもちろんのこと、名画の映画館に行ったり、BSテレビで好きな映画を観たり、ビデオレンタル屋でDVD映画を借りて、映画三昧の日々です。

 そんなぼくにとって、書店で売っている500円DVDは大きな味方です。この激安DVDのおかげでバイト代がふっとぶことがなくなりました。それが著作権保護期間の経過が理由であることは、このブログを読んで知っています。

 500円DVDを何枚も集めていますが、自分で観るだけでなく、映画ファンの人たちみんなで共有して楽しみたいという気持ちが沸いてきました。その手段として、ファイル交換ソフトウェアや"You Tube"などの動画サイトにアップしたいと思いました。元々、著作権が保護されないパブリック・ドメインを売りとしているのですから、ぼくがネットにアップしたりコピーしてもいいはずですよね。

 ところが500円DVDのパッケージをよく見ると細かい字で「この映画を無断で複製、公に上映、放送、有線放送その他公衆送信等に利用することは、法律により禁止されています」と書かれていました。

 「あれっ?」と思いました。なんで禁止されてるのだろうかって。そこでDVDの製作会社に何の法律により禁止されているのかを聞いてみました。

 「何の法律で禁止されているのですか?」と電話で聞いたところ、「日本の法律に決まっているだろ」と言われました。ハア?と思いましたが、続けて「ネットにアップロードしてパブリックドメイン作品を広めたいのですが」と言ったところ、「ダメダメ、それ著作権侵害だよ」と息巻いてきました。

著作権が切れたから、販売できたんですよねえ?

「あのねえ、企業がさあ、商業流通に載せた時点で権利が発生するの、当たり前でしょ?まずDVDとしてパッケージ化した時点で著作物を固定したとして著作隣接権が発生するんだ。第2に洋画にはオリジナルの字幕を付けているから、字幕の著作権が発生する。翻訳したら著作権発生するの、ぼく、分かる?」

「あのー、あの日本語訳は誤訳だらけなんで使わないつもりです。英語が得意なんで、オリジナルの字幕をアップするつもりですけど…」

「だめだめ、それ著作者人格権侵害だよ。勝手に映像を削ったり変えたりしちゃいけないんだよ

ということで、あくまで権利があるの一点張りでした。

 DVD会社が言っていることは本当なのですか?ぜひ教えてください。

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:500円DVDかあ。本屋に行くとよく棚においてあるよなあ。

 結論から言うとなあ、業者の奴には「人の褌(ふんどし)で相撲を取るな!!」と激しく100万回問い詰めたいとこだな(爆)。最近は、Q16で取り上げたようなIPマルチキャストの業者をはじめ、新しい流通形態で一発当てたいやつがたくさんいるんだがな。人様がつくった著作物を右から左に伝達しただけで金儲けをしようとする考え自体が浅ましいというものだ。以下、業者が言っていることを一緒に考えていこうぜ。

 「パッケージ化した時点で著作物を固定したとして著作隣接権が発生する」というのはどうか?これは一見、まともな答えのように思える。しかしその内容ははちゃめちゃであるww

 著作隣接権とは著作権に類似する権利として著作権法の第4章で規定されたものであり、①実演家の権利、②レコード製作者の権利、③放送事業者の権利、④有線放送事業者の権利の4つがある。DVD業者の奴が「著作物を固定」と言ったとこを見ると、②のレコード製作者の権利を取得していると思っているようだな。

 レコード製作者とは「レコードに固定されている音を最初に固定した者をいう」と規定され(著作権法第2条第1項第6号)レコードとは「蓄音機用音盤、録音テープその他の物にい音を固定したもの(音をもつぱら影像とともに再生することを目的とするものを除く。)をいう」(同法第2条第1項第5号)と法律で決められている。つまり、生の音源をスタジオとかでレコーディングして音楽CDの原盤に焼き付けることを意味する。レコード会社の行為が典型的にそれに該当するだろう。あとは、音なら何でもいいわけだから、バードマニアのおっさんが山に行って小鳥のさえずりを録音したり、鉄ちゃん(最近は力を持ち始めたようだが。。。)が旅行して汽車の音を録音して出来上がった原盤についても、著作権法上の「レコード」を作成したと言えるだろう。

 その一方で激安DVDはどうかというと、レコードの定義規定のかっこ書きで「音をもつぱら影像とともに再生することを目的とするものを除く。」とわざわざ書いていることからして、映画はあてはまらないことになる。更に音を「最初に固定した」ことにならないとレコード製作者になれないわけであるから、既に映画会社が製作した既製品の音を録音したからと言って、レコード製作者にはなれるわけではないわけだな。

 では、業者が映画に付けた字幕を変えることは著作者人格権侵害になるのか?

 業者はおそらく、著作者人格権の一つである「同一性保持権」(著作権法第20条第1項)のことを言ってるんだろうな。これは、著作者はその著作物やその題号の同一性を保持する権利を有し、著作者の意(気分)に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けない権利をいう。要は、映画の画像を勝手に変えちゃだめ、と言えるということだわな。業者は字幕をお前の日本語訳に代えることも著作物の改変だって、主張しているんだろうな。

 だがなあ、この主張も変な話だ。だって、映画自体は業者ではなくて、映画会社(または監督)が製作したものなんだから、てめえが作ったのでないものについても、権利を主張される謂れはないはずだからな。

 このような場面では、字幕と映画の著作物としての関係が問題になるが、一般に「歌詞と楽曲、小説と挿絵のように、本来は一体的なものとして創作され、利用されるものの、なお分離利用が可能であり、それぞれが独立の著作物となり得るもの」については結合著作物と言われる(作花文雄『詳解著作権法(第3版)』(ぎょうせい、2004年)183頁)。つまりだ、字幕について著作権を持っていても、それを貼り付けた映画についてまで著作権が及ぶわけではないと言うことだ。映画の字幕を改変することは確かに業者の同一性保持権が働くが、映画の字幕をお前の作ったものに代えることについて、業者は何も言えない。

 また、お前が映画の字幕を作成することについては、原則として映画の著作権者の翻訳権(著作権法第27条)が働くが、映画がパブリックドメインになっている以上、その心配はいらない。業者が字幕を作成できたのも、そのおかげなんだがな。

 ちゅうーことで、結論としては「この映画を無断で複製、公に上映、放送、有線放送その他公衆送信等に利用することは、法律により禁止されています」という映画のソフトに記載された文言は、業者が作った字幕以外の部分については意味のないものであり、あんたが作った字幕に代えることについては、少なくとも著作権法上は支障がないものであるということになる

 なお、古い映画の著作物の保護期間については、昭和45年までに適用されていた旧著作権法と現行の著作権法では規定が異なり、更に外国映画については第2次世界大戦の敗戦に伴う保護期間の戦時加算があることから、「公表から○○年過ぎたからパブリックドメインで自由に利用できる」と考えること(またはそのように宣伝される映画ソフトのキャッチコピー)は慎重を要するものだ文化庁『著作権テキスト 平成20年度版』22-25頁参照)。また映画に音楽が含まれる場合には、映画の著作物の著作者の著作権から除かれているため(法第16条)、その音楽の保護期間についても別途確認する必要があるだろう。

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Q15:バーチャルアイドルに自作の歌を歌わせたいのですが

:こんにちは。私は男子大学生で、将来はプロのシンガーソングライターか作詞・作曲家になりたいと思っています。

 普段、作品が完成すると自分で歌うこともありますが、女声のボーカルに合う作品については、女性ボーカリストとのつながりはあまりなく、またボーカルを使うお金もないので、悩んでいました。

 ところが最近、その悩みを解消することができました。「初音ミク」という楽曲データと歌詞を打ち込むだけで、楽曲の演奏だけではなく、ある女性声優の声のデータに基づき歌ってくれるソフトウェアです。このソフトのパッケージにはイメージキャラクターの若い女性の絵が書かれています。ちまたではそのキュートな絵柄と歌声から「バーチャルアイドル」と呼ばれています。

 この場合、著作権法上はどのような権利がはたらくのでしょうか?自作の楽曲・歌詞の著作権は私にありますが、ソフトウェアを利用した演奏・歌唱からは誰かの著作権は発生するのでしょうか?バーチャルアイドルの歌声を"You Tube"に適法にアップして発表したいと思っているので、宜しくお願いします。

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:"You Tube"で作品の発表か。ネットがなかった頃は、ターミナル駅前や公園で路上ライブするしか素人がプロモーションを仕掛ける手段はなかったが、今は気軽に公表できていいよな。

 バーチャル・アイドルについてだけど、そのソフトウェアがあんたの自作の楽曲・歌詞を歌唱しても特に権利は発生しないな。人間の歌手が歌っている場合には、実演家(法2条1項3,4号参照)としてその歌声を勝手に録音されたり(法91条1項)ネットにアップロードされない権利(法92条の2第1項)を有するが、ソフトウェアであるバーチャルアイドルは歌手ではないので、この著作隣接権(著作権そのものではないが、それに類似した権利)としての実演家の権利を有しない。チンパンジーが描いた絵が「思想又は感情を創作的に表現」されたものでないとして著作物(法2条1項1号)に該当せず著作権が発生しないのと同じことだな。

 声のデータを提供している女性声優についても特に著作権法上の権利を有しない。「創作的」なものでない単なるデータは著作物には該当しないからだ。

 またソフトウェア自体はプログラムの著作物(法10条1項9号)に該当することから著作権は発生するが、その著作物性は「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(法2条1項10号の2)であることに求められているので、その「結果」であるバーチャルアイドルの音声(歌唱)自体については、ソフトウェアの著作権者の著作権が及ぶわけではない。役割的にはCDプレーヤー機器とあまり変わりはないということだな。

 ただバーチャルアイドルのパッケージの絵柄には著作権が発生するので、その絵柄をYou Tubeにアップするときはその著作権者の許諾が必要であり注意がいる。

 つうことで基本的には自作の楽曲・歌詞をバーチャルアイドルに歌わせることは著作権法上の心配はあまりないだろう。

 このソフトウェアについては、某大物女性歌手が某テレビ番組で「理解できない」と発言して物議をかもしたようだが、バーチャルアイドルの音声データが充実すれば、カラオケの普及によって仕事がなくなったかつてのバンドマンのような悲哀を味わうかもしれないな。24時間はたらくし、文句も言わないし、スキャンダルも起こさないし、コストも低いから。

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Q13:星の王子さまってフランスでは著作権があるの?

:タイゾーさん、こんにちは。Q3Q4Q9で回答していただいた乙女です。『ピリ辛著作権相談室』を毎日読んでいたせいか、最近は著作権の勉強にはまりつつあります。今日は、Q3で回答してくださった星の王子さまの著作権の保護期間について再度質問したいと思います。

 インターネットで、『読売新聞』「大手町博士のゼミナール 著作権の保護期間」(2006年11月21日付)を読んだところ、当時の文化庁著作権課長の甲野正道さんが「フランスなどでは著作権が保護されているサン・テグジュペリの『星の王子さま』などの作品が、日本では保護期間が過ぎたために自由に翻訳され、新訳本として出版されるケースが出ています」と発言されています。

 これを読んで驚いてしまいました。フランスでは著作権者の許諾がなければ『星の王子さま』を翻訳できないのですか?日本でできてフランスではできないって、どういうことですか?ぜひぜひ教えてください。

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:オッス!著作権にはまるっていうのは、チャンスかもしれないぜ。これだけ著作権が話題になっているのに著作権を理解しているやつはめったにいないから、数年前なんて「この著作権法改正で輸入CDがストップする!」というデマを真に受けたバ・・・、ではなくて御心配性な方々が一流マスコミも含めて続出したぐらいだしな(爆)。普通のOLさんが会社幹部の前でこのブログの内容のレベルのことをスラスラ言ったら、ビックリするぜ。

 質問に入るが、甲野課長が言っていることは本当だぜ。前にも言ったとおり、日本では著作権の保護期間は著作者の死後50年だが(著作権法第51条第2項)、フランスでは死後70年となっている(知的所有権法典に関する1992年7月1日の法律第123条の1条第2項)。これは欧州委員会理事会指令の一つである著作権及び特定の関連する権利の保護期間を調和させる1993年10月29日の理事会指令」( COUNCIL DIRECTIVE 93/98/EEC of 29 October 1993 harmonizing the term of protection of copyright and certain related rights )第1条第1項で規定され、EU加盟国であるフランスもこれに合わせたことによる。

 ここまで言うと、多少著作権を知っているやつは「あれ、ベルヌ条約では死後50年ではないの?」と思うやつがいるかもしれないな。確かにそれは正解であり(同条約第7条(1))日本もそれに従っているが、同条約では死後50年よりも長い保護期間を加盟国が立法で定めることを認めている(同条約第7条(6))ので、死後70年が条約違反ということにはならない

 この点、1993年の保護期間の理事会指令の前文(5)では「ベルヌ条約に定める最低限の保護期間、すなわち著作者の生存間及びその死後50年は、著作者とその子孫の最初の2世代に保護を与えることを意図したものであり、共同体における平均寿命はより長くなっており、この期間はもはや2世代を保護するには不十分であるところにまで至っている」と書かれている。日本で保護期間延長論者が子孫に残すことを延長の根拠としているのは、この規定も関わっていそうだな。

 それではフランスでは死後70年保護されるフランス人の著作物は、日本でも死後70年まで保護されるのか?

 この点、ベルヌ条約第7条(8)では「保護期間は、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによる」と規定している。つまり、死後50年だけ保護される日本においては、フランス人の著作物も同じ期間しか保護されないということになる。質問にあった甲野課長のコメントの通り、フランスでは著作権者の許諾がないと翻訳できないのに、日本では自由に翻訳できてラッキー、という状況が生まれるというわけだな。

 その代わりに、同項ただし書きでは、「保護期間は、著作物の本国において定められる保護期間を超えることはない。」と規定されている。つまり、外国人の著作物の保護期間については、そいつの本国の保護期間が自国より短い場合は、その短い分だけ著作権を保護してあげれば足りるということだな。こういうのを、相互主義という。

 だから、日本ではサンテグジュペリの作品を自由に翻訳できてラッキーと思っていても、フランスでは1945年9月10日に(認定)死亡したサンテグジュペリ*注や同じ時期に亡くなったEU諸国やアメリカの国民の作品が保護される一方で、同じ時期に死亡した日本人の作品はコピーされ放題ということになる

 「保護期間は何がなんでも50年」とか「日本が率先して保護期間70年の先進国の潮流を止めよ」というのは勝手だが、著作物の最大の市場がEUやアメリカであることを考えれば、やみくもに保護期間について独自性を貫くのは、日本がこれから著作物を外国に輸出しようと考えるのであれば、将来に悔恨を残すことになるかもしれないな

 たまに、みかん箱の上で必死にもの書きをしておまんま食い上げ寸前の俺様と違って、悠長なアーティストや作家が「みんなに使ってもらって、名誉だけ得られればそれで足りるから保護期間はいらない」とか言っている世間知らずがいるが、そういうやつはQ12で言ったように著作権を放棄すればいいのだから、保護期間の延長に反対する根拠にはならないだろうな。

 保護期間を伸ばしたい著作者と伸ばしたくない著作者が対立したら、制度上は伸ばしておいて、伸ばしたくないやつや著作権を放棄したいやつは、個別に(後で権利の放棄を撤回できないように)公的な権利放棄の登録をして、みんなに使って欲しい、名誉だけで満足という思いを達成すればいいんじゃねーの。著作権の発生が無方式主義である以上な。

 現にこの点について、文化審議会著作権分科会 第6回・過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(平成19年7月27日開催)において、上野達弘委員が「もし保護期間を延長することになりますと、すべての著作者の著作物について一律に保護期間を延長することになりますので、自分の作品はどんどん使ってもらいたいというクリエイターさんの著作物の保護期間も延長されることになります。そのため、保護期間を延長してしまうと、そのような著作物がかえって利用されないことになってしまって不都合だというような声をよく耳にするわけであります。
 ただ、著作権というのはあくまで私権でありますから、財産権として自由に処分していいはずであります。ですから、そういうクリエイターさんは自分の著作権を放棄すればいいのではないかと思うわけであります。」と言ってるぜ。

*注:サンテグジュペリがフランスのために死亡(戦死)したことが死亡証明書から判明する場合には、フランスにおいては著作権保護期間が通常より30年延長される(知的所有権法典に関する1992年7月1日の法律第123条の10条第1項)

【参考文献】

『欧州委員会理事会指令』〔駒田泰土訳〕(社団法人著作権情報センター、1996年)35-43頁

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Q6:公立図書館で職員が減らされているのですが…

:とある地方都市の公立図書館の職員をやっております。お役所の中ではそれほどスポットライトが当たる部署ではありませんが、利用者の方々の反応や図書館が育っていくのを日々感じ、充実した日々を送っており、誇りをもって仕事をしています。

 ところが最近、行政改革のあおりを受けて、図書館が定員削減のターゲットになっております。役所の上層部によれば、図書館を丸ごと、館長も含めて指定管理者制度を利用して、ある大手の営利企業に丸投げする計画があるとのことです。

 ここでふと思ったのが、図書館資料のコピーについてです。うちの図書館では、セルフコピー(コイン式)ではありますが、利用者に複写申込書を記入していただいた上で、コピーの前と後に複写申込書やコピーの枚数を拝見して、著作権法第31条(図書館等における複製)の要件を満たして適法な複製であるかどうかを図書館職員が確認しております。

 この点を上層部に伝えたところ、「館長が公務員でなくても図書館法上の公立図書館であることは国にも認められている。だから図書館の建物の中でコピーをすれば何も問題はない。」と言われ、取り合ってもらえませんでした。

 しかし私は一抹の不安を持っています。この上層部の幹部が言ってることは正しいのでしょうか。お知恵を拝借してください。

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:公立図書館への指定管理者制度の導入か。この前、何年かぶりに近所の図書館に行ったら、職員がみんな大手書店のエプロンを付けていて驚いたなあ。棚にあった本を思わず買いそうになったよw おれも図書館のバイトでコピー取りをしていたが、本庁や教育委員会の幹部から見れば、図書館なんて楽な出先の仕事なんだろうなあ。確かに当たっている面はあるが。

 結論から言うとなあ、指定管理の状況にもよるが、あんたの幹部は「勇気ある決断」をしたと思うよ(爆)。あ、これは賞賛ではなく、皮肉なので、誤解なきよう…

 まず、あんたが言っている、著作権法第31条の適用要件(コピーを利用者に提供する場合)を確認してみよう。

1.図書館その他の施設で政令で定めるもの(図書館等)においては

2.営利を目的としない事業として

3.図書館等の図書、記録その他の資料(図書館資料)を

4.図書館等の利用者の求めに応じて、調査研究のために、公表された著作物の一部分(バックナンバーの雑誌の場合は一記事の全部)のコピーを1人につき1部提供する場合

 1の要件から確認するとなあ、これはコピー機が図書館の建物の中にさえあれば、それでよしというものではない。加戸守行『著作権法逐条講義 五訂新版』(著作権情報センター、平成18年)237頁(現行著作権法のバイブル的書物)によれば、「本条で「おいては」という書き方をしておりますのは、物理的な複製の場所が図書館等の施設内であることを意味しているのでは必ずしもなく、複製事業の主体が図書館等であることを必要とする意味でございます。」と説明している。つまり、「図書館その他の施設で政令で定めるもの」が複製事業の法律的・経済的主体であることを要することを意味する。

 あんたのお偉いさんが自信を持っているのは、東京の図書館をもっとよくする会の「指定管理者制度とこれからの図書館運営のあり方」で述べているように次の説明が国からされていることによるものだろうな。

 平成16年7月23日、文部科学省は、構造改革特区第5次提案に対する大阪府大東市の「指定管理者制度を活用する公立図書館の館長・専門的職員等の設置規制の弾力的運用」提案について、「現行の規定により可能」とし「指定管理者を活用する図書館においては図書館法13条第1項に定める館長の必置規定(図書館法13条第1項及び図書館の設置及び運営上の望ましい基準二(八)に定める専門的職員等の設置の規定)を弾力的に運用することとし、指定管理者となった者が地方公共団体の条例で定める範囲内で、全体的かつ包括的管理運営の実施を可能とする」と回答した。

※文部科学省の回答の内容については、山中湖情報創造館「指定管理者制度にもとづく公立図書館の運営について」を参照

 館長を含めて指定管理者に丸投げすることの図書館法上の疑義について、「東京の図書館をもっとよくする会」のサイトでも指摘されているが、所管官庁が「それでいいんだ!」って強行突破するのであれば、図書館法上の図書館(「図書館その他の施設で政令で定めるもの」の一つ)として、1の要件を満たすかも知れんな。

 だがなあ、委託先の営利企業が複写サービスの一切を行い、料金も収受している場合はどうだろう。つまり、2の要件を満たすのかということだな。

 この点、国立国会図書館は、複写委託の業者の対象から営利企業を除いている。平成14年の国立国会図書館法改正において、同法第21条第3項を「館長は、その定めるところにより、…複写に関する事務の一部(以下「複写事務」という。)を、営利を目的としない法人に委託することができる。」と規定した。

 その理由は「改正法の委託制度は、収受した複写料金を受託者に帰属させるものであるので、営利を目的とする法人が受託者として複写事務を行うことは、実質的に上記の著作権法第三十一条の要件を逸脱するおそれがあるからである。」と説明している(「国立国会図書館法の一部改正について(解説)」国立国会図書館月報495号23頁(2002年))。

 指定管理者の場合、「普通地方公共団体は、適当と認めるときは、指定管理者にその管理する公の施設の利用に係る料金(次項において「利用料金」という。)を当該指定管理者の収入として収受させることができる。」(地方自治法第244条の2第8項)とする。

 そうするとだなあ、営利企業が指定管理者となった場合、営利を目的とする事業として行っていることになり、著作権法第31条は適用されず、コピーにおいて原則どおり著作権者の許諾を得ないとならないという可能性があるというわけだな。

 現に営利企業にコピーの料金収受も含めて図書館運営を丸投げしている場合、著作権侵害続行中!!という可能性もあるわけだ(爆)。

 つうことで、法律を無難にこなしたい役人マインドからすれば慎重になれって、お偉いさんに言っといてくれや。

 こういうことを言うと、「著作権法改正!」とか「規制特区認めてくれ!」というバ…、いや、ご不安に思われる方々がいらっしゃるが(笑)、権利制限の法改正については国際条約(ベルヌ条約)の制約があり(同条約第9条(2))、また著作権を規制と言うのは、人の家に侵入するのを住人が止めた場合に侵入者が「おれの高級豪邸で一夜寝る夢を規制している」って言うのに等しいなw

*参照 社団法人日本書籍出版協会著作・出版権委員会『国立国会図書館における複写事務の委託に関する法律等の整備に対する意見について』(平成13年11月30日)

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Q3:星の王子さまの新訳本ブームの背景

:タイゾーさん、はじめまして。私は昨年4月に大学の仏文科を卒業して就職した24歳の乙女です。

 この前、職場の休み時間にフランス語の資料を読んでいたら、職場の先輩から、「フランス語を読むんだったら、星の王子さまの翻訳もしたのかなあ?」「それの昨年の新訳本ブームって、著作権法によって作られたものだからねえ」っておっしゃっていました。

 私は昨年、新潮社から出た「星の王子さま」の文庫本を買いましたが、確かに昨年はいろんな出版社から「星の王子さま」の本が出ましたね。そもそもフランス語の本の翻訳って、勝手にしてはいけないのですか?また先輩が言っていた、ブームが著作権法によって作られた、とはどういう意味なのか、教えてください。

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:新人さんに、薀蓄を垂れる先輩かあ。俺もそんな環境に身を置きたいものだな。

 質問に入るけど、外国語作品の翻訳については、著作権者の権利の一つである翻訳権(著作権法27条)が働く(こういう利用の形態に応じて働く権利を「支分権」という)。だから「星の王子さま」を創作したサン=テグジュペリまたはその相続人の許諾を得る必要がある。でも、著作権は有体物(自動車、野菜、パソコンなど)とは異なり、永久に続くものではない。ある一定の保護される期間を経過すれば消滅する。これを「保護期間」という。

 日本の著作権法では、著作者の死後50年経過したときに著作権が消滅すると規定されている(52条1項)。これはサン=テグジュペリのようなフランス人が書いたものについても適用されるんだ。日本国内ではね。

 これを「星の王子さま」について単純に当てはめる。サン=テグジュペリが死亡したのは、1945年9月10日(認定死亡時)。著作権法では、保護期間の起算点は死亡日の翌年の1月1日から計算するので(57条)、1995年12月31日まで著作権が働き、その翌日の1996年1月1日から自由に使えることになる。出版社にとっては、著作権者の許諾を得なくてもベストセラーの翻訳本を出せるので、一大ビジネス・チャンスだよね。

 でも新訳本ブームは、1996年には起こらなかった。それはなぜか?

 その原因は著作権保護期間の「戦時加算」だ。戦時加算とは、日本が第2次大戦後の連合国軍占領状態から主権回復するためのサンフランシスコ平和条約の締結に当たり、太平洋戦争中で著作権を行使できなかった期間を戦時中の外国の著作物の保護期間に加算するというものである。太平洋戦争前から存在する著作物については、戦争開始時から平和条約発効前日まで、戦時中に発生した著作物については、著作権発生時から平和条約発効前日までの期間が加算される(連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律第4条1・2項)。

 「星の王子さま」はどうかというと、創作されたのが1943年4月6日(初版発行時)と仮定した場合、フランスに対して平和条約が発効したのは1952年4月28日(昭和27年内閣告示第1号・外務省告示第10号(昭和27年4月28日官報号外第51号))なので、戦時加算期間は3310日となる。これを本来の保護期間終了時である1995年12月31日に足し算すると、最終的な保護期間終了時は、2005年1月22日ということになるんだ。よって、同月23日以降が翻訳が自由になる日になると一般的に解されている。かくて「新訳本ブーム」が起きたというわけだ。

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